東京都新宿区歌舞伎町1丁目にあるゴールデン街。1958年ごろから飲食店が軒を連ねるようになり、現在もスナックやバーなど300軒近い酒場が営業している。

作家や映画・演劇関係者が愛用していることでも知られ、ゴールデン街を舞台にした作品が作られたり、実際に働いていた人物が世界的な著名人になったケースも少なくない。

そのゴールデン街で何十年にもわたり、営業を続けているのが「シャドゥ」「 珍呑(ちんどん)」という2つの店舗。24時間営業という異色の経営スタイルを持つこの店は、アットホームな雰囲気と、時間によって変わる個性豊かなスタッフによって親しまれ、常連客も多い。

1軒の飲食店を通して見えてくる、ひとりの人間の人生と時代の移り変わり、コロナ禍での飲食店経営……ミスiD2021でクリエイティブヒロイン賞を受賞し、自身もこの店で働く、ライターの生ハム子が「シャドゥ」「 珍呑」の店主に話を聞いた。

▲シャドウ・珍呑のマスター 

歴代のスタッフには世界的な有名人になった人も

新宿歌舞伎町、ゴールデン街。うっかりとは入れないような、少し重い扉を開けると、そこには一見すると何屋だかわからないような不思議な酒場がある。コロナ禍でも年中無休24時間営業。常連客を大切にしてきたからこそ客足は途絶えない。そんな店を支えているのがマスターとママである。

一風変わった経歴を持つマスター。法政大学哲学科卒業後、フランスソルボンヌ大学へ2年間留学をし、その後、アルジェリアで通訳を務めていた。

当時のアルジェリアは、フランスから独立して8年。一日の気温差は激しく、土漠が広がる。人間が暮らすには厳しい土地だったと言う。そんな未発達な高地に作られた工場で、日本企業から派遣された通訳として働いた。社会主義で生きてきた人々に、働いてお金を稼ぐ習慣を教えるところからだった。過酷だったが、当時の報酬は月々50万円程の貯金ができるくらいの大金だった。

▲シャドウの店内

帰国後すぐには働かず、1年ほどは自転車で近所を散策していたそうだ。そんなときにシャドゥを見つけて、顔見知りだった当時のオーナーから店を引き継いだ。もともと、母親がゴールデン街にあった会社に勤めていて、20歳から街には通っていたそうだが、こうしてマスターは31歳で店を持つことになった。

戦後の闇市にルーツを持つゴールデン街。その片隅、車道側の小さな店。わかっているだけで、ここのオーナーはマスターで4代目だそうだ。地上げ詐欺などに耐えて19年間、夫婦ふたりで営業してきた。

母の死後は、さらに店に打ち込み、料理のおいしさに力を入れ、当時のゴールデン街にほとんどいなかった女性客の獲得に成功する。

そして、客からスタッフになる女性が徐々に増え、今のような女性スタッフメインの店になっていく。ゴールデン街にはそういう店はひとつもなく、大変人気になり、ほかの店が次々に真似をした。

今では女性スタッフが24人ほど在籍している。なかには10年以上働くスタッフもいる。マスターが整えている職場環境の働きやすさが魅力的なのだろう。

▲生ハム子も同店で働くひとり

マスターが面接して採用しているスタッフは、いつだって個性派揃いだ。雇う際は、綺麗で品があり可愛らしさもあり、料理ができるかなどを見ているそうだ。画家や音楽家、舞台女優など、さまざまな分野の芸術家が歴代のスタッフにいる。なかには世界的なベリーダンサーやバイオリニスト、議員になった人までいる。

お金には興味がないマスターが語る幸せとは?

週2回、ここで働ければ食うに困らないとマスターは話す。それ以外の時間は、芸事や勉強など好きなことができる。いつだって夢の実現に寄り添う店である。そして、この店では今も、とびっきり優秀な人を募集中だそうだ。

▲シャドウの外観

店番は24時間を4人で交代している。1階と2階のお店では、それぞれ1人か2人で働いているので、スタッフが家賃を払わずとも自分の店を持っている感じになる。それによって、スタッフ全員に“店を任されている”という自覚とプライドが生まれる。良い悪いが確実に売上に出るよ、とマスターは話してくれた。

マスター曰く、“自業自得システム”を採用しているらしい。ノルマはないけれど、個人の働きをしっかりと評価している。

「何も我慢していない、贅沢してるよ」とマスターは笑うが、その贅沢とは、毎月1000円するかしないかのギターの弦を買ったり、少し高い納豆を食べたり、ヨーグルトを一度に2つ食べることだそうだ。

食事は3食、自宅でお店の余りものを食べ、外食は一切無し。従業員のボーナスに回したいからと、自販機すら使わない。旅行もしない。毎日、家とお店を自転車で往復するため交通費もかからない。収入的に、今よりもかなり良い所に住めるにも関わらず、都営住宅に住み続けている。ママの友達もいるし、良いところだと話す。

そして、余ったお金を店や従業員、お客に還元する。お金をあげているわけでは無い。ただ余っているからだと話す。

▲シャドウの店内にはカウンター以外にテーブルも

徹底的にお金を使わない生活に驚く。それでもマスターは、当たり前にこの生活を約40年間も続けてきた。贅沢やお金にとことん興味が無いといった様子だが、それでいて、今が幸せで何もツラいことはないと淡々と話してくれる。欲しいものは全部あると言う。

大変だと思うことは、従業員のシフト調整くらいだと言う。それも長年の経験から予測を立てて行うから完璧にこなす。

お客と店と従業員を大切にし、趣味を楽しみ、日々の暮らしに幸せを見出し、続けていく。簡単なことのように話すが、現代人でこれらを実践できている人が、どれだけいるだろうか。

印象的なのが、仕事も趣味も同じ熱量で話すこと。仕事というより、日々の行動すべてが生活に密接しているようだ。マスターには、ベーゴマ・将棋・ギター・自転車など、さまざまな趣味がある。一時期、自転車で都内の銭湯を夫婦で巡り、1時間で10軒の銭湯を入浴するという記録を打ち立てたことがあるそうだ。

またあるときは、夫婦2人だけでお店をまわしながら、朝5時にお店が終わったあと、自転車で羽田空港や川崎大師に行き、銭湯に入り、お店に戻って仮眠を取り、また営業をするという生活をしていたそうだ。非常にエネルギッシュであり、楽しいことをする才能と体力があり、人生が豊かであると感じる。