仕事に必死で学園ものでもワイワイしていなかった10代

――黒川さんは10代から活躍されていますが、子どもの頃の憧れの仕事は女優さんだったのでしょうか。

黒川 いえ、女優さんは全然、考えもしなかったです。CAさんは華やかで素敵だなと思っていましたが、私は看護師さんになりたかったです。漠然とですけど、人の役に立つような仕事をしたいなと、その頃は思っていました。両親の影響があるのかもしれません。

――仕事に対する思いは10代から変わってきましたか。

黒川 本当にめまぐるしく変わっていく世界の中で、自分でもよく続けてこられたなと思います(笑)。基本的には大きくは変わらず、常に等身大といいますか、背伸びしようとしてもできないし、そんなにカッコつけてもしょうがないと思って、作品一つ一つと向き合ってきました。

それでも、だんだん慎重になってきているのは責任感もありますけど、期待されている以上、頑張らなきゃ、それを超えていかなきゃと、どこかで自分にプレッシャーをかけているのだと思います。

昔の自分を振り返ってみると、随分しっかりしていたなと思うんです。10代の頃の口癖は『大丈夫』でした。できないと思っても、甘えたりできず、周りに弱みを見せられませんでした。常に“しっかりしなきゃ”と思っていたんです。

今では誰かに頼ったり、委ねたりできますが、10代の頃は違いました。だから、学園ものの作品でも、みんなとワイワイしていた思い出はなく、“セリフが飛んだらどうしよう、迷惑をかけないようにしなきゃ”とばかり考えていて、周りからは「落ち着いているね」と言われていたくらいです。

全然、知らない世界に入って、ありがたいことにお仕事をいただいて、気を張っていたのだと思います。年相応に気軽にとは言わないですが、ちょっとでも楽しんでできていたら、と思うところもありますけど、それが自分なんでしょうね。

▲10代の頃の口癖は「大丈夫」。とにかくしっかりしなゃと思っていた。

コロナの影響で1日2時間、1万歩は歩くように

――ストイックですね。

黒川 そうはいっても破天荒なタイプではないので、プライベートもそんなに大きくは変わらないんです。大変な役をやって、プライベートでも引きずってしまう方もいらっしゃるようですが、私は眠ったり、おいしいものを食べたりすれば、すぐ切り替えられます。

普段の生活態度がお芝居に出てしまうことを考えると、むしろ日ごろからしっかり生きていようと思っています。体が資本なので、本当に基本的なことですけど、バランス良い食事をとって、なるべく歩くようにするぐらいです。

――どれくらい歩きますか。

黒川 早朝か日が暮れてから、日焼け対策をして、だいたい1日2時間くらい。1万歩は超えます。コロナ禍はどこにも出かけられなかったので、朝の5時にご近所を歩いていたりしていると、夜勤明けの警備員さんと顔なじみになったりして、意外とそれが心の支えになっていました(笑)。特に緊急事態宣言の頃は誰にも会えなくて、人との接触がなかったので、コンビニの店員さんとの挨拶だけでも救われるような気持ちになりました。

▲仕事を引きずることはなく、眠ったり、おいしいものを食べることですぐに切り替えられる

――コロナによって、変わったことはありますか。

黒川 歩くようになったこともそうですし、緊急事態宣言の頃は仕事もストップして、先も見えないし、不安なことしかありませんでした。当時はドラマ『MIU404』を撮っている最中だったんです、それが完全にストップしてしまって。1か月後にやっと再開して現場に行ったときは、みんな感極まって、私も思わず涙があふれてしまいました。

それでも誰かが感染したら、また撮影が止まってしまう。そこからは一致団結して、なんとか撮りきりました。普段の生活も、仕事をするということも、何もかもが当たり前じゃないんだなと気づきました。感謝の気持ちを忘れちゃいけないし、いつまたどうなるかわからない世の中にあって、悔いのないよう、自分のできるベストを尽くすのが一番だと思うようになって。

皆さんもそうだと思いますが、自分を見つめ直す期間になりました。作品を見て励まされたという方もたくさんいらしたので、自分の使命とまでは言いませんが、仕事を続けていきたいと強く決心しました。

▲コロナ禍は自分を見つめ直す期間になり、より仕事を続けていきたいと強く決心した