ロシアの暴虐な振る舞いを止めるため、積極的にウクライナを支援していくことが求められている国際社会。しかし、簡単に武器を供与するようなことはできないのが現実なのだという。防衛問題研究家の桜林美佐氏の司会のもと、小川清史元陸将、伊藤俊幸元海将、小野田治元空将といった軍事のプロフェッショナルが、現状行える戦時国への支援について詳しく解説します。

※本記事は、インターネット番組「チャンネルくらら」での鼎談を書籍化した『陸・海・空 軍人によるウクライナ侵攻分析-日本の未来のために必要なこと-』(ワニブックス:刊)より一部を抜粋編集したものです。

日本にできるのはウクライナに対する「人道援助」

桜林 ところで、各国がウクライナに対空・対戦車の兵器を供与しているなか、日本はご承知の通り、そうしたものを渡せないので、防弾チョッキとヘルメットを提供しましたよね。それでも日本としては、かなり画期的なことじゃないかと私は思いましたけれども、過去に装備部長もやられていた小川さんは、どうご覧になりましたか?

▲戦闘防弾チョッキを着用した陸上自衛隊員 出典:ウィキメディア・コモンズ(パブリック・ドメイン) 

小川(陸) はい、画期的だと思います。以前、南スーダンから自衛隊を撤退させるかどうかが議論されていたとき、国会では、現地が戦闘地域か非戦闘地域か、現地をどう解釈するかという議論をやっていましたよね。そこには国家意思がありません。まず南スーダンを助けるのか否かを、国家意思として決めないといけない。

そして、助けるのであれば何をすべきか。新しい法律を作るのか、今の法律を変えるのかを議論すべきなのに、当時の国会では現状の法律に合っているか否かの話に終始していました。

それに比べると、今回のウクライナ支援は、まず「ウクライナを助けたい」という国家意思があって、どこまでのことをするのか、新しい法律をすぐに作らないでもできることは何か、という発想で防弾チョッキとヘルメットを提供しています。国家意思からスタートしているという点では、今までと大きく違っているので、その意味で私は画期的だったと思っています。

桜林 そうですね。現在の「防衛装備移転三原則」は、2014年に従来の「武器輸出三原則」から改正されて、輸出できるもの、できないものに関していろいろ議論されていますが、これに関して大きな権限を持っているのは、実は防衛装備庁じゃなくて、経済産業省なんですよね。だから、「やろうと思ったら実はできなかった」という案件がゴロゴロあって、なぜそれがダメだったのかの理由もよくわからない。

もちろん、武器の輸出について定めた外為法(外国為替及び外国貿易法)がベースにはあるけれど、その細いルールを知っているのは経産省だけですから、「これもできなかったの?」という意外なケースがあってビックリするんですよね。

伊藤(海) 今回の防弾チョッキやヘルメットなら、戦時国際法上ギリギリひっかからないんですよ。元気のいい人たちは「武器を送れ」とか言うけど、それをやったら日本は中立国じゃなくなります。

今回のウクライナの件は、実際に戦闘がすでに起きていて、今やもう国連憲章ではなくて戦時国際法の世界で動いているので、中立国は本来中立を守らないといけない。戦時禁制品を送ったら当事国になってしまいますからね。そうした事情もあって、NATOがウクライナに戦闘機をすんなりと供与できない、という話になるわけです。

でも、他方でジャベリンを送っているから、プーチンは「中立国違反じゃないか」と文句を言っている。まさに、それが戦時国際法の議論なんですよ。ただ、ジャベリン等の武器に関しては、国際世論は「いや、戦闘に兵を出していないからギリギリ大丈夫でしょ」という解釈をしています。

日本の場合は、そこをさらに厳密に解釈するから、その結果できることはウクライナの一般人に対する人道支援なんですよ。人道支援として防弾チョッキとヘルメットを送るというのがギリギリOKなラインで、戦時国際法にひっかからないように配慮している。その意味では、極めて論理的な解釈に基づいてウクライナを支援していると思います。

自衛隊の装備品をそのまま提供すると問題になる?

▲自衛隊の装備品をそのまま提供すると問題になる? 出典:Josiah / PIXTA

桜林 そうですね。小川さんはちょっと答えにくいかもしれないですけど、今回の防弾チョッキもヘルメットも、自衛隊が持っているものを供与していると思うんです。でも、そもそも自衛隊って余計なものを持っていませんよね。そうすると、こういうケースで供与した分は、あとでちゃんと手当てしてもらえるんだろうか、という素朴な疑問が昔からありまして(笑)。

小川(陸) それは予備費を要求しますね(笑)。

桜林 というのも、古くなった装備品を、いわゆる不用品として供与するということをし始めた頃に、その分を要求することに対して、財務省側がかなり厳しい目を向けていた、という話をよく聞いていましたので。

小川(陸) かつて、PKOが本来任務に入ったときに、財務省の主査が「いや、これは本来任務に入ったんだったら、全部本予算で飲み込み(予算の中でやりくりしてPKO経費を自ら捻出すること)ですよね」と言うので、「そうですか、じゃあ、これって有事の防衛出動も入っていたんですか? 本当なんですね?」って言ったら黙っちゃいました。だから、PKO活動経費は本予算には入っていないですから、ちゃんと予備費で要求しますとなりました。

桜林 そうなんです。だから自衛隊の装備品の余った分を提供するというのは、第一段階としてはいいと思います。けど、それがこれからまだまだ続くとなると、日本はもっといろいろな供与をする必要があるでしょうから、別途予算をつけるなりしたほうがいいんじゃないかなと。

小川(陸) 自衛隊の装備品を余った分とは言え、それをそのまま提供すると、最新装備を提供することにもなります。よって、最新かひとつ前のものかなど、どのレベルの装備品を、どの程度提供するかという考え方を確立して、他国支援のための総備品費として予算を組むべきでしょうね。