ロシアは今回のウクライナ侵攻において、女性や子どもを含む市民を狙った残虐行為を繰り返している。どんな理由があっても許されることではないが、ロシアには“この手口”で戦争に勝利してきた経験があった。防衛問題研究家の桜林美佐氏の司会のもと、小川清史元陸将、伊藤俊幸元海将、小野田治元空将といった軍事のプロフェッショナルが、ウクライナで次々と市民が虐殺されている実態を分析していきます。

※本記事は、インターネット番組「チャンネルくらら」での鼎談を書籍化した『陸・海・空 軍人によるウクライナ侵攻分析-日本の未来のために必要なこと-』(ワニブックス:刊)より一部を抜粋編集したものです。

ロシア軍はあえて女性や子どもを狙っているのか?

桜林 ロシア軍の民間人に対する虐殺に関していうと、本当に生々しい映像がSNSなどにアップされています。ロシア軍の残虐行為は、戦争の混乱のなかで起きているというよりも、むしろ何か目的を持ってやっているのではないか、女性や子どもがあえて狙われて殺されているのではないか、とも言われていますが、いかがでしょうか。ロシア軍は命令に基づいて虐殺行為をしているんでしょうか?

小川(陸) 虐殺行為は教令に基づいた命令によって実施している、と聞いたことがあります。

桜林 軍事教令に、そういう虐殺行為が記載されているということですか?

小川(陸) はい。チェチェン紛争でも、ロシアの通常の正規軍が民間人を後ろ手に縛って虐殺していた、という話を聞いたことがあります。つまり、本来は特殊部隊や情報部隊しかやらないようなことを、通常の部隊がやっていたというわけです。

▲ロシア軍によるウクライナ侵攻の状況

上の地図の矢印〈1〉と〈2〉に関しては、ロシア側は真面目(しんめんぼく)にそこを奪って占領統制しようというよりは、「認知領域の戦い」を通常戦でやっていたのだと私は考えています。だから、ロシア軍としては、いかにウクライナ側の厭戦気分を盛り上げるか、人々のやる気をなくして落ち込ませるか、が重要だったわけです。

たとえば、死体や車に地雷が仕掛けられていると、復興にすごく手間がかかり、住民たちの復興しようという気運が削がれていきます。自衛隊の災害派遣の重要な目的は、現地の住民の方々が、自分たちで復興に取り組んでいけるように気運を上げていくことにあるわけです。今のロシア軍は、ある意味その逆バージョンをやっていたということです。

そういう「相手の心を折る戦い」を徹底してやって、ウクライナ側にNATO加盟を諦めさせたところで、この〈1〉と〈2〉の認知領域の戦いは終わったと言えます。だから、キエフから撤退して〈3〉の南部軍管区に戦力を集中したのです。

さらに〈4〉の戦力は、〈3〉と合流しており、現在は「武力によって国境線を変える戦い」、すなわち〈3〉に全力を注ぎ始めているんだと思います。それこそが、ドヴォールニコフ司令官が「総司令官」として表に出てきた背景だと思いますが、果たして彼の名前を出す必要があったのか、という点については少し疑問が残りますね。

ロシア軍の残虐行為は組織的な“戦術”だった

桜林 では、今後もそうしたインパクトを与えるために、民間人、特に女性や子どもをターゲットにした残虐行為は続くのでしょうか。

小川(陸) 先ほども言った通り、通常戦では、普通はそうした命令はないと思います。「◯◯地域を占領しろ」「△△までに□□地域において防御している敵部隊を撃破しろ」など、部隊に対しては“目に見えてわかる形”で目標を与えて、それを達成させていくのが、軍隊ではスタンダードなやり方なのです。

ただ、敵の士気を低下させたり、ウクライナ国内の厭戦気分を醸成したりすることを目的とした作戦は本来は御法度ですが、ロシア軍による残虐行為は残念ながら今後も起こりえるでしょうね。

▲残虐が行われたというブチャを視察するゼレンスキー 出典:President.gov.ua

伊藤(海) ロシアからすると、チェチェン紛争などは、それで全部成功しているんですよ。

桜林 そうですね。今までも似たようなことはありましたからね。

伊藤(海) ロシア軍は、これまでそうした残虐行為をすることで、実際に敵を屈服させてきた。それを日本にいる“いい人たち”は「なぜそこまでひどいことをするんだ?」と思うけど、ロシアにとってみれば、未だにコントロールに苦労している中央アジアで発生するテロを、乱暴狼藉への仕返しとして“手段を選ばず”抑え込むことで、実際にロシア人の平和を守ってきたという考えがある。だから、今回のウクライナでの残虐行為も、その延長線上でやっているように思えます。

桜林 ロシア軍の残虐行為の事例は、ソ連時代も含めると枚挙にいとまがないですからね。それらは単純に、その時、その場にいた兵士たちが衝動的に乱暴を働いていたというイメージでしたが、相手を屈伏させるための組織的な“戦術”だったケースもあるというわけですね。サイバー戦ではない、リアルな戦いでの認知戦として。

伊藤(海) 小川さんの話を聞いて、あらためて今のロシア軍のやっていることが、認知戦のリアルバージョンだと考えると納得できる部分が多々ありますね。サイバー攻撃でウクライナ人のやる気をなくさせるんじゃなくて、リアルな攻撃でやる気をなくさせる――そういう意図でロシア軍が残虐行為をやっているとするなら恐ろしいことですね。

小川(陸) 民族紛争の側面もあるのではないかと思います。ウクライナも元はソ連邦の一地域でした。ウクライナ国内にはロシア系住民が存在するなど、国家と民族とが不一致となっています。つまり、一民族一国家という民族国家のなかに、違う民族が存在することを原因とする争いは引き続き起こるでしょう。今回の場合は、プーチン大統領の言葉によると、一民族が二つの国家に分かれていることを問題としていると思われます。

一民族一国家という民族国家主義を目指す一方で、民族同士の対立、民族国家主義がずれている状態で国を形成してしまっていますから、そのなかでさまざまな差別や偏見が存在するなどの禍根が根強く存在していると思います。