ウクライナへの侵攻を繰り広げるロシア。日本もロシアと戦う可能性があるのかと考えたとき、やはり最初に浮かぶのは北方領土や北海道のことだろう。防衛問題研究家の桜林美佐氏の司会のもと、小川清史元陸将、伊藤俊幸元海将、小野田治元空将といった軍事のプロフェッショナルが、北海道を巡る日本とロシアの戦争は起こりえるのかどうか、疑問に答えます。

※本記事は、インターネット番組「チャンネルくらら」での鼎談を書籍化した『陸・海・空 軍人によるウクライナ侵攻分析-日本の未来のために必要なこと-』(ワニブックス:刊)より一部を抜粋編集したものです。

▲国際宇宙ステーションから見た歯舞群島、色丹島、国後島、択捉島、得撫島 出典:ウィキメディア・コモンズ(パブリックドメイン)

陸自最強の機甲師団を北海道に置いている理由

桜林 ロシア軍は北方領土で軍事演習を実施しています。またロシア大統領選にも出馬した野党党首のセルゲイ・ミロノフ議員が「ロシアは北海道の権利を有する」などという発言もしています。それを受けて「もし北海道にロシア軍が侵攻したらどう戦うのか? そういうことはありえるのか?」という質問が、非常にたくさん寄せられているのですが、いかがでしょうか。

▲セルゲイ・ミロノフ 出典:http://www.senat.gov.pl/

小川(陸) ロシア軍が北海道に侵攻してくる可能性はあります。それがどういう場合かといえば、冷戦時代からずっと続いているアメリカとの核の軍事バランスに依存してきます。というのも、ロシアは、核兵器の一撃目を地上発射、二撃目をオホーツク海で潜行している潜水艦からの発射、その2段階の核兵器体制がないと核の相互確証破壊が成り立ちません。

それが、「我々はこうやって自国を守ろうとしている」という意思表示です。そのうえで、まず地上をちゃんと守ろうと思ったら、千島列島から北方四島、それと北海道の稚内から北のあたりまでは確保しなければならないわけです。「2段階による核兵器で相互確証破壊を成り立たせる」という自分たちの主張自体の正否に関わりますから。

もちろん、日本は日本の主張ができなければダメですが、ロシア側はその相互確証破壊が脅かされる場合、すなわちオホーツク海を聖域化するためには、北海道という日本の領土を奪いに来ますから、日本との戦争にならざるをえません。

日本の領土を奪取するというロシアによる戦いは、防御する自衛隊を完膚なきまでに叩く「絶対戦争」となります。ある意味、消耗戦であり、手加減ができるような戦いではなく、必要な土地を絶対に奪うんだという戦いです。

ロシア軍がウクライナ侵攻で東部の領土を奪取してきたのと同じような絶対戦争、消耗戦型の戦闘が起きるだろうと思います。アメリカとの核の軍事バランスが崩れるような状況、ロシアの相互確証破壊が脅かされるような状況が生まれれば、という話ですが。で、そのあとはどうするんだという主張については、伊藤先輩、お願い致します(笑)。

伊藤(海) だから、陸上自衛隊の泣く子も黙る第7師団という部隊、ナンバーワンの機甲師団を冷戦中から北海道に置いてあるのは、そういうことです。そうでなければ、あそこに部隊を置いておく必要はないわけだから。

私は統合幕僚学校校長の時代に、陸・海・空の束ねていろんなところ研修へ行きましたが、北海道では必ず音威子府(おといねっぷ)というところに行きました。……以上です(笑)。

桜林 ものすごい余韻というか、行間を読むような話になってきましたけど(笑)。

▲北海道音威子府村位置図〈国土交通省 国土数値情報(行政区域(N03)・湖沼(W09)〉 出典:Lincun(ウィキメディア・コモンズ)

自衛隊のトラウマとなった「ベレンコ中尉亡命事件」

小野田(空) ミロノフ議員の話の背景は、非常に重要です。第二次世界大戦の最終段階で、ソ連は不可侵条約を結んでいる日本に対して、国際条約を破って一方的に北方領土に侵攻してきました。その際に北海道まで攻め込んで来ようとしていたのを、日本は急いで食い止めた。

だけど、ロシア側からすると「あのとき、ソ連は北海道を取ろうと思えば取れたんだよ」ということですよね。そんな強引な理屈が「ロシアは北海道の権利を有している」というミロノフ議員の発言につながっていることに、日本人は驚くべきだと思います。

もちろん、この発言があったことによって、ロシアが明日にでも攻めて来る可能性があるかと言えば、ウクライナに戦力を割いている今の状況では、能力的に見ても、ほとんどありえないでしょう。ただし、将来にわたってないかと言われれば、本来のロシア軍の実力を見ると、ないとは言えません。

航空自衛隊として見れば、1976年にソ連軍の現役将校ヴィクトル・ベレンコ中尉が亡命を求めてMiG-25で領空侵入してきたのを途中で見失い、結果的に函館空港に強行着陸されてしまったことが大きなトラウマになりました(ベレンコ中尉亡命事件)。

たまたま亡命目的だったからよかったものの、もし侵略目的で侵入されていたら、アッという間にレーダーサイトから航空基地までやられてしまう、と思い知らされたわけです。だから、急遽E-2Cという「空飛ぶレーダーサイト」をアメリカから購入し、MiG-25の侵入を許す原因となった低空域の監視能力不足をカバーしました。

▲ベレンコ中尉のソ連空軍時代の身分証明書 出典:CIA

今のロシアの話で当時のことが思い出されます。「全般防空を確保する」というのが航空自衛隊の“至上命題”で、それをしないと陸上自衛隊がソ連と戦えないというのが大前提でした。最近は、中国に量的に大きな差をつけられて全般防空もなかなか難しくなってきていますが、少しでも相手に航空優勢を与えない、相手に自由に行動させないということが、これからの防衛力整備の要点です。

小川(陸) 亡命したベレンコ中尉はMiG-25のパイロットですから、ソ連のエリートです。また、分野はまるで違いますが、ノーベル文学賞を授与したソ連の作家アレクサンドル・ソルジェニーツィンも同じような主張をしました。

なぜエリートたちがソ連での暮しを嫌がるかと言えば、それにはロシア正教が影響しているのではないでしょうか。ロシア正教は西洋のプロテスタントやカトリックのような聖俗二元論ではありません。西欧では教会が心の問題、一方の世俗の世界は政治が担当するという形で分かれています。ところが、ロシアではそれが一緒になっているんです。

心の服従も求めるというところ、心の自由がないというところでは、エリートはやっていられない。犯罪者になってでも逃げたくなってしまうわけです。その流れで、今日のロシアも宗教を背景にして心までも縛られているところがあるのではないか、と私は思います。日本もそれにちょっと似たところが、無きにしもあらずですが。

上司になった人が「俺は上司なんだから心底尊敬しろよ」というような、仕事のタスク遂行に加えて、心の服従まで求められるとすごく困ると思いますが、そのようなことを言う例も少なくないのではないでしょうか(笑)。

とにかく、ロシア軍の兵士たちはそうやって心も縛られて、言われたマニュアル通りに動かなきゃいけない。それが残虐なことでもやりかねないから、日本の皆さんには「もし攻めてこられても、手を上げて降参して、仲良くなれば自分たちは安全だ」なんて絶対に思わないでほしいですね。