科学に遊びやエンタメを掛け算する

――そこでコマやSFが登場するわけですね。

山崎 まさにその通りなんです。コマは「全日本製造業コマ大戦」というのが、10年弱前から行われていまして。わかりやすくいうと、中小企業のロボコンの「コマ」版なんですけど。直径2cmぐらいのコマに各社が社運をかけて、いろんなこだわりを詰め込み、熱いバトルが繰り広げられる。私はそこに解説者として出演していたんですが、「選手としても出てみませんか?」と言われ、出たらどんどん勝ち上がっていき、最終的に空気を読まずに優勝してしまったんです。

――空気を読まずにって面白いですね(笑)。

山崎 決勝戦は地元の高校生が相手で……。会場中がみんな高校生を応援するなか、私が優勝してしまいまして。種明かしをすると、そのコマを一緒に作ったのが東大阪の町工場で、そのチームがもともと優勝候補だった。そこに私のコマの知識も加わったことで優勝できたんです。

でも、会場の空気感とは反して、自分の中では「これは私が優勝したほうがいいかもしれない」という予感みたいなものがあったんです。というのも「もし、これで私が優勝したら、コマを軸足に新しい教育を作れるかもしれない」と脳裏に浮かんで。私の頭の中には世界中の子どもたちがコマを使って喜ぶ姿が見えていた。それで火が付いてしまい「いっそ優勝して、それを軸足に“教育”に注力していこう」と思ったわけです。

結果として、科学とコマを融合した「コマ科学教室」みたいなものを作り、それが大ヒットして、これまでに200回ほどは開催しています。科学って小難しいものと思われがちだから、できれば「遊び」と掛け算をすることで、楽しみながら理解してもらいたい。SFに関してもそうです。SF映画というのは、エンタメとして楽しみながら科学を伝えられますから。

自分で走り出すということがこれからの時代のカギ

――それが、もうひとつの顔である「SF博士」になるわけですね。映画はもともと好きだったんですか?

山崎​ 小学校の頃から、両親がビデオに録ってた『スターウォーズ』や『バック・トゥ・ザ・フューチャー』などをよく見ているような子でした。当時、録画したビデオって宝物で、それをくり返し見ていました。映画に出てくるデロリアン〔バック・トゥ・ザ・フューチャに登場する車型のタイムマシン〕にすごく感動して、将来、タイムマシン作りたいとか、漠然とそういう思いを抱いていたんです。

一方で科学も好きで。その大好きなもの2つが合わさり仕事になっている。趣味×自分の専門という形で実現している、日本で唯一と言えるほど、唯一無二の仕事になっています。今、SF映画と科学を掛け合わせたことを軸にした本を書いてます。映画と科学ってすごく遠いようで、じつは密接に関係しているんですよね。宇宙が舞台だったり、タイムトラベル、最近だと人工知能など、SF映画ってエンターテインメントでいて、かつ、科学を学ぶのに最高のテキストになるんですよ。

映画に登場した1シーンを取り上げて、「ここで出てきたタイムトラベルとは?」と講義したり。私が実際に関わったものでいうと、クリストファー・ノーラン監督の映画『TENET テネット』、その字幕の科学監修を私がやらせてもらっています。この映画を題材に「映画みたいに未来から過去に戻ることはできるのか」など、小学生でもわかるレベルで話していくという講演会もやっていました。

同じようなことを映画『インターステラー』でもやっていて、こちらはブラックホールなどについてだったんですが、それが好評で『TENET テネット』の字幕科学監修につながっていったんです。

▲字幕科学監修を務めた「TENET」

――字幕の科学監修とは、どういうものなんでしょうか?

山崎 字幕が正しいかどうかだけを見るのなら、正直、どんな人でもできると思うんです。でも、科学的に矛盾がなく、それでいて映画ファンとして「この単語を入れておかないと、ストーリー全体の流れがあるから伝わりづらいぞ」とか、そういうのを考えたうえで言葉をあてる仕事でした。

なので、たった1行の字幕監修をするために、映画を何度も見返して、パワーポイントでスライドを百枚ぐらい作って、その映画を全部解析しなくてはならなくて。たった1単語なんですけど、すべての流れを理解してその一言を導き出す。それは映画愛がないとできない。その映画の中の「科学の教科書」を作る感覚ですね。

――それは、時間的な対価として考えてしまうと割に合わないというか。

山崎 対価でいうとそうなってしまいますね(笑)。でも、私の中では『インターステラー』での講演での成功体験もあったので、『TENET テネット』でもその後の講演会などの流れまで予測ができたところはあります。そういう体験があったので、この仕事をきっかけにした副産物がいずれ生まれるだろうな、という確信があったので、たった一言だとしても、ここまで時間をかけてやったところはあります。

――目先の利益にとらわれず、好きなことに自分の情熱や知識を費やすことで、それが新たな副産物を生む。この企画のテーマに合うお話ですね。

山崎 そうですね。それは本業の研究にも通じるかなと思います。今ではなく、数十年後を見据えて研究を続ける。それが、やがて何かの形でテクノロジーとして役立つことがあるという意味で。

――もうひとつ、「科学に遊びやエンタメを掛け算する」というのは、先生の活動を端的に表していますね。

山崎 たまたま今回はSFやコマだったというだけで、掛け算するのは今後も僕が興味を持った世界との組み合わせで生まれる可能性はあります。例えば、料理とかね(笑)。

世の中にはスペシャリストはたくさんいて、科学者だったらノーベル賞を取るぐらいの有名な科学者もいるわけです。でも、まだ名前の付いていない職業ってじつはあって。例えば、僕のような科学の知識をプロとして持っていつつ、パフォーマーとしても経験豊富、それって日本に私一人しかいない。

変な言い方ですが、科学も二流で、パフォーマーとしても二流だったとしても、それを掛け合わせたスペシャリストを生み出せば、そこで一流になれる。そうするとニッチな需要にすごくマッチする。二流でも、もっと言えば、三流でも、ニッチな需要のによって、唯一無二のオンリー1の存在になれるんです。

――その考え方は、これからの多様性の時代に生きるヒントになる気がします。

山崎 例えば今、会社を起業する人が多くなっていて。いい大学を出て、いい会社に入る。それが良しとされた時代があったけれど、今はそれだけがいいというわけではなく、学校なんか行ってなくても、すごい研究をしている人もいるし、すごいいい大学からベンチャー企業を自ら作り、活躍する人もいます。いずれにせよ、自分が好きなことを見つけて、自分で走り出すということは、これからの時代のカギになるんじゃないかなと思っています。

≫≫≫ 明日公開の後編へ続く


プロフィール
 
山崎 詩郎(やまざき・しろう)
東京大学大学院理学系研究科物理学専攻にて博士(理学)を取得後、量子物性の研究で日本物理学会若手奨励賞を受賞、東京工業大学理学院物理学系助教に至る。全日本製造業コマ大戦優勝を機に、科学と遊びを融合した「コマ博士」として超異分野学会特別賞を受賞。著作の講談社ブルーバックス『独楽の科学』は、科学館夏休み特別展示展、NHK等でのTV特番、『メタルコマキット』(幻冬舎)等の形になる。SF映画『インターステラー』の解説会を100回実施。SF映画『TENET テネット』の字幕科学監修や公式映画パンフの執筆、『クリストファー・ノーランの映画術』(玄光社)の監修を務める。Twitter:@shiro_yamazaki