欧米の学校と聞いて、生徒たちが私服にリュックサックを背負い、ロッカーの前で友人とおしゃべりをする自由そうな風景をイメージした方は多いのではないだろうか。しかし実際は、日本の学校よりもさらに規律の厳しいところがほとんどだという。日本でもときどき「ブラック校則」が話題に上がるが、欧米の学校はなぜ厳しい校則を設けているのだろうか?

※本記事は、谷本真由美:​著『世界のニュースを日本人は何も知らない 2』(ワニブックス:刊)より一部を抜粋編集したものです。

「欧米の学校は自由」という妄想

▲実際はもっと厳しい? イメージ:JackF / PIXTA

「日本の学校には自由がなく、欧米の学校は自由だ」とよく聞きます。ここでいう「欧米」とは一体どこのことなのか。よくわかりませんが、海外の学校だから日本と違って自由だ、とするのは正直なところ大間違いです。

たとえば意外かもしれませんが、アメリカでもイギリスでもカナダでも欧州でも、私立や公立の厳しい学校は制服があります。イギリスの場合、私立であればほぼ100%、公立でもほぼ100%に近い割合で、幼稚園から高校まで制服があります。特に私立の有名校や学業成績優秀校は、日本ではドン引きするレベルで服装規定が厳しいのです。カバンから靴やネクタイ、靴下まで全部指定されています。

それどころか4歳や5歳の幼児でも、服装や髪形に関して先生が毎日のようにチェックする。少しでも規定に合っていないと、親に注意の手紙が届いたり呼び出されたりします。着こなしにもきっちりとルールがあり、「登下校の際には帽子をかぶる」「ジャケットは必ず着用」というように厳しく定められています。

しかも制服自体もかなりフォーマルなスタイルで、4歳や5歳でも大人用のスーツを子どもサイズに小型化したものや、ウールのジャケットを着ることもあります。ネクタイだって簡易なものではなく、大人と同じように自分で結びます。それを4歳の子どもがやるのです。

学校側では子どもがワイシャツのボタンを留められるか、ネクタイを自分で締められるかということを厳しく観察します。これは、家庭でのしつけがきちんとできているかということの評価につながるからです。

できていない場合は学校から厳しい指導が入ります。公立は私立ほど厳しくありませんが、それでもカバンや靴はきっちりと決まっていて、シャツの上に着るトレーナーや体操服も指定です。指定以外の靴を履いていったり、カバンにアクセサリーをジャラジャラつけていたりすると校門でチェックされ、あまりにもひどい場合は家に帰されることもあります。

また学校に持っていく文房具やノート類も細かく決まっていますし、お弁当箱の大きさや色・柄でさえ学校から指定されていることもめずらしくありません。

さらには、お弁当箱の中身にも先生のチェックが入ります。休み時間に食べるスナックは果物か野菜を切ったものだけ、と決まっていることもあるし、純然たるお菓子を持っていこうものなら大問題になったりもします。

こうした規定の厳しさは服装や持ち物だけではなく行動面でも同様です。たった4歳や5歳の子どもでも、学校でのふるまいが悪ければイエローカードやレッドカードというペナルティがあります。

たとえば、イギリスの学校の一部では毎日の行動が点数制で評価され、ルール違反を犯した場合は生徒の実名や行為をすべて公表したうえで、ペナルティとして校長室に呼ばれたり親が学校に呼び出されたりします。そういうことはすべて同級生の前で発表され、吊るし上げになります。これを4歳や5歳の幼い子どもに対して実行するのです。

一方、良き行いをした生徒はポイントを加算されたり表彰されたりします。良い行動をする子どもは当然ながら進学する際、校長に推薦状を書いてもらえるなど、ポイント評価が高くなります。ところが悪しき行いに関しては一切、情状酌量はありません。あまりにもルール違反が多い場合は退学させられてしまいます。

こうしたことはイギリスだけでなく、アメリカの成績優秀校や私立の有名校でも同様です。アメリカの学校は自由な学校だらけなのか、という印象を持っている人も多いでしょうが、有名大学への進学率が高い私立の学校は、イギリスの学校のように厳しいところが多いのです。

しつけの厳しい学校がなぜ支持されるのか

先進国にあるエリート向けの学校は、なぜ規律が厳しいのか、それには立派な理由があります。そうした学校は将来のリーダーを育てるための場だからです。

▲厳しすぎる校則にはちゃんと意味がある イメージ:ababaka / PIXTA

小さいうちからきちんとした服装をさせることは、大人になったとき、フォーマルな洋服をさらりと着こなせるように、という考え方に基づいています。また、厳しい規律を守ることは我慢することを学ぶことであり、自分に対して厳しくすることの訓練にもなります。リーダーがきちっとしていなければ誰も従わないでしょう。

これは、どの国でも同じです。自制心を持つことはリーダーになるうえで大変重要なことですから、良い学校ほどしつけには熱心です。しつけに従うことは、自分が置かれた環境を理解できるということ。言い方を変えれば、ルールを理解できる、あるいは、周囲に配慮できる、ということになります。つまり厳しいしつけに従うことは協調性や勤勉性など非認知能力を高めるための訓練であるといえるのです。

周囲への配慮を学び、秩序を守る人間になることは、将来経営者や官僚になったとき、大きな財産となります。周囲へ配慮ができなければ、いくら能力が高くても単なるワガママな人ですし冷静な判断もできないでしょう。危機に直面した際、自制心がなければ感情的になって間違った判断を下すことも少なくないし、多くの人の命を犠牲にしてしまう可能性もあります。

最近では、いまだ自由な印象が強いアメリカでも厳しいしつけや制服規定を支持する親も少なくありません。なぜかというと、規律が厳しい学校のほうが暴力事件は少なく、勉強に集中する生徒が増えるからです。実際、自制心のある生徒ほど学業成績が良いのは、アメリカで行われた心理学の実験でも証明されています。

これは社会政策における「割れ窓理論」と同じです。街が薄汚れていたり、建物の窓ガラスが割れていたりすると犯罪が多発しやすい。だから街の風紀を正すには、街の景観を整えたり清掃活動を行ったりすることが必要だという理論で、これを実際に行ったのが1980年代から90年代にかけてのニューヨークシティです。

服装や行動の乱れは学校の秩序崩壊に結びつくため、あえて規律を厳しくする学校も少なくありません。もちろん自由な学校もありますが、そういう学校はもともと裕福な地区にあり、子どもが家庭で豊かな教育を受けていたり、自立心があって倫理観がしっかりしていたりします。暴力や麻薬がはびこる地区では、なんでもかんでも自由にするとたちまち秩序が乱れます。自由でも秩序が保たれる学校は実際多くないのです。

▲規律が厳しく整っている学校ほど秩序が保たれる イメージ:ungvar / PIXTA