M-1は単なる漫才番組ではなくドキュメンタリー

――M-1が市民化されたあたりから、お笑いを語る風潮が出てきて、今や“お笑いを語るのは無粋だ”とか、“感動的に見せるのは趣味じゃない”という逆の意見も出てきてますよね、それについてはどう思いますか?

中村 M-1に関して言うと、ドキュメンタリーの要素も多分に含んでいる、ということが前提にあると思います。漫才だけを純粋に楽しむなら、THE MANZAIもあるし、浅草の東洋館とか、劇場に行けば見られる。だから、ただ単に笑おう、という人向けのものではないし、だからこそこんなに大きくなったと思うんです。

2:6:2の法則、という話があるんですけど、2が好きな人、もう一方の2が嫌いな人、あとの残りの6は好きでも嫌いでもない、その時々で変わる人。メジャー化するものは、この6をどう取り込むかって話なんですが、M-1はその日1日、いやもっと言えば、芸人さんの半年間を多くの人が共有している壮大なドキュメンタリーを見せることで、その6を取り込んだと思っています。

――この連載に対して、笑い飯のお二人やマネージャーの大谷さんから、何か言われたことはありますか?

中村 いやあ、ないですし、怖くて聞けないですよね。ただ、この連載を始めてから今に至るまで、クレーム的なものは一切ないんです。

――それは中村さんの力ですよね。この本は証言を載せていますが、基本的には中村さんの地の文が大多数を占めているわけで、芸人さんはさまざまな職種のなかでも、一番繊細で、見え方を気にされる方が多い印象で、そこでクレームがないというのは、そういうことだと思います。

中村 ありがとうございます。哲夫さんは読んでくださっているみたいなんですが、「どうでしたか?」とは、なかなか聞きにくいですよね。

▲連載を読んでいるらしい哲夫さんにも感想は聞けない…

きっかけは2018年のM-1グランプリ

――もっと掘り下げたかった、またはお話を聞きたかったな、という方はいましたか?

中村 やはり島田紳助さんと松本人志さんですね。根気強く何度かオファーしたんですが、ダメでした。

――なるほど、島田紳助さんはM-1の創始者でもありますし。

中村 特に紳助さんは『紳竜の研究』というDVDも大好きで、お話をお伺いしたかったんですが……。あと、心残りなのは、関東の芸人さんへのオファーが、ほとんど全滅だったことですね。

――その視点で言うと、タイムマシーン3号さんが証言者として登場するのは、この本ですごく意味を持ってきますね。M-1におけるタイムマシーン3号さんにフォーカスしたテキストってなかったので、すごく面白かったです。

中村 そうなんです。だから、すごくありがたかったです。基本的に、僕が話を聞きたかった東の方たちは、M-1で結果を残せてない、という気持ちがあったのかもしれないです。“優勝もしてないのに、偉そうに語れない”という思いがあって、気が進まないのかも。それぞれ、ラジオとかでは語ってらっしゃいますけどね。前に一度オファーして断られた方も、もしこの本を読まれたら気が変わるかもしれないので、話を聞いてみたい方はたくさんいますね。

――M-1のことを書くにあたって、過去のネタも含め全て見られたと思うんですが、中村さん個人的に「このネタが一番だな」と思うネタはなんですか?

中村 やはり、この本にも書いてますが、この連載を書くきっかけになった、2018年のM-1グランプリ、敗者復活戦のプラス・マイナスのネタですね。あの敗者復活の会場に行った方ならわかると思う、というか、テレビで見ていても伝わると思うんですが、とにかく寒くて、しかもネタによっては、声が割れちゃってよく聞こえないこともあったんです。全体的に盛り上がってないな、というなかで、プラス・マイナスのネタを見たんです。

正直、名前は知っているけど、彼らのネタをしっかり見るのはそのときが初めて。なのに、本当に面白くて、泣きそうになったんです。いい大人があらん限りの熱量で道化を演じて、そこから僕は生きることの喜びや悲しみが凝縮されていたように感じた。あのシチュエーションも込みで、忘れられないです。

――あのプラス・マイナスさんのネタがあったからこそ、中村さんがこの本を書くきっかけになったと思うと、感慨深いですね。

中村 そうですね。

――中村さんは、すごく芸人さんに対して敬意を払ってますし、ネタの内容にまで踏み込むようなことをしないとは理解しているんですが、あえて意地悪なことをお聞きしたいのは、“M-1で勝つ漫才”というのは、どういうものであると考えるか、ということです。

中村 これは、ブラックマヨネーズについて触れた箇所でも書いたのですが、ブラックマヨネーズの吉田さんが、自身が優勝した2005年のM-1を「人生の決勝」と評したんです。まさにこれじゃないかな、と。単なるM-1の決勝じゃなくて、人生の決勝にできた人が勝つ。漫才って、つくづく人間が出るものなんだなと思います。

▲12月18日の「M-1グランプリ2022」に注目したい