樋口季一郎陸軍中将がポーランドに駐在した後半は、日本から夫人も呼び、一緒に生活した。内助のみならず外助をも完遂させた妻と過ごしたワルシャワでの日々……、言葉も文化も食も違う異国の地で、二人はどのように過ごしていたのだろうか。

2万人のユダヤ人を救った“もう一人の東洋のシンドラー”と呼ばれる樋口季一郎陸軍中将。大正十四年、ポーランド駐在武官としてシベリア経由ワルソーに赴任した樋口中将は、この駐在武官時代に才能を開花し、大尉から新鋭の少佐となり駐在武官として、すぐれた業績を残している。この連載は、ポーランド駐在武官として活躍した記録である。

ロシアやポーランドにおける米に対する認識

家内が来るとともに、私は一家の生活に関し、なんら心配する必要がなくなった。今までは土地の慣例に従い、ポーリヤに毎日一定の金を渡して日用品を購入させたが、そのたびごとに、何々はこれほど高くなった、安くなった、何の店がどうで何のところがどうだと、毎日の定額を増加せよというための準備的解説を聞くのに相当苦労したものである。

人間の本性は眼玉の色、髪の色だけの相異であって、女の心というものはあまり違っているものでない。今もし私が、それはどうでもよい、高くなったのならば増額するほかないではないか、よしよしと出したとする。それで彼女は満足しないのである。「マヨール(少佐)は私の熱心、私の忠実をみてくれない。否、私がその一部を私のカルマン(ポケット)に入れるとでも思っているであろう」などと先廻りして考える。

だから、彼女のくどくどと述べるポーランド語、ロシア語チャンポンの申しわけを“忠実に”聴くべき辛抱が要るのであった。こういう些事がみな家内の任務に移ったのであるから、私としては大いに感謝しなければならない。

今まで毎夕食は東京で仕入れた簡易吸物と沢庵であったが、だんだん日本本来の高級和食が私の口を喜ばしめた。私はドウンケルス・ビール(黒ビール)の小瓶を平げることを習慣とした。それでは少し不足であるが、大瓶一本ではやや過ぎるのであり、水々した日本料理の吸物などがまずくなる。それ故、あえて小瓶に止めたのであった。

ポーランドのビールは、いつかも書いたが私は日本よりうまいと思っている。それはホッペン(ホップ)が立派に育つ地味と気候を持っているからである。

日本でこのホッペンのできるのは札幌である。先頃札、幌を訪れたところ、札幌市内の大ホッペン畑が自衛隊の兵舎になっているのを見て、左党として感慨無量であった。

しからば、その美酒はワルソーでできるかといえばさにあらず。やはり旧ドイツ、オーストリア領であるポーゼン、クラカウ付近の産である。その反対にウオトカ、スタルカというような強い火酒は旧ロシア領地方に、その旧文化を残している。

▲ロシアやポーランドにおける米に対する認識 イメージ:manoimage / PIXTA

ここで一言するが、米はどこから来るかという問題だ。ロシア、ポーランド、あるいはドイツもそうかと思うが、一般に米には非常に多くの栄養価があると考えている。それはカロリーの問題を別にしてである。

いつかも私がある科学者に聞いたことだが、「カロリーと栄養価とは別であり、仮にある食物のカロリーが大だとしても、その吸収が悪かったとすれば全然意義がないのである。一般の栄養学は人間の胃袋を鉄鍋と同一なりと考えて結論を出している。笑うべきことだ」というのであった。

その意味で、ロシア、ポーランドなどの田舎で病人が出て命旦夕(めいたんせき)ともなれば「ぜひリース(米)のカーシャ(粥)でも食べさせて死なせたい」というのである。日本では「彼は病気だ、パンでも買って卵とバターでもつけて栄養をつけなければならぬ」という。

いずれが真で、いずれが非であるか。私はともに真であると思う。米麦ともに相当のカロリーを有する。吸収率はいずれを可とするか。それはその人個人の体質によることであり、特に現在直面せる病状にもよることであろう。

しからば、パン食中の病人に米の粥を食べさせ、米食中の病人にパンを食べさせて特効を現わすことも大いに期待できるであろう。何となれば人間は高等動物であるから。

ロシアやポーランドにおける米に対する認識はこのようであるから、田舎では絶対に拝めないようである。ワルソーともなればハイカラな家庭では米を柔かく硬い粥のようにし、それをバターでいため、またはそれをミルクで煮て砂糖をかけるというふうに調理して、一種のご馳走とするのであるから、食品店に行けば入手される。

ロシア・ポーランド・ドイツ・フランスなどの米は、南部イタリア米であろう。英国は海国であり海運国たる関係で、高価なイタリア米などには見向きもしないで、日本や東南アジアから入手していたと思われる。

そしてこの際、不思議なことは彼らが日本米よりも、むしろ私どものいうところの「外米」を喜ぶことである。彼らがカレーライスを日本米で作るとすれば、あのネバネバする部分を惜しげもなく殊更に捨てて、パサパサした米飯に炊き上げるのである。彼らはそのようなものを「米の飯」と認識しているのである。すべては習慣である。

イタリア米は日本米とあまり違わない素質をもっている。日本の中以上の品質である。それが一キロ二ゾルチであった。現在の日本貨に換算して二百円となるであろうか。それを面倒にも一キロずつ木綿の小袋に入れて売っている。十キロ買わんとすれば十袋である。