ウクライナの戦争に端を発したロシアからのガス供給不足。日本でも大手ガス4社が昨年12月から料金の引き上げをし、家庭に届いたガス料金の明細を見て驚いた人も多いだろう。その影響は日本だけでなく、欧州諸国も液化天然ガスや石炭など、化石燃料の調達に躍起となった。それによって世界のエネルギー価格が暴騰したのだが、エネルギー・環境研究者の杉山大志氏によると、化石燃料資源を持たない発展途上国が一番の被害者だと指摘します。
※本記事は、杉山大志:著『亡国のエコ -今すぐやめよう太陽光パネル-』(ワニブックス:刊)より一部を抜粋編集したものです。
2022年に起きたスリランカ反政府運動
「SDGs」は「持続可能な開発目標」と言われ、17項目の目標が掲げられています。貧困や飢餓をなくし、健康と福祉、質の高い教育を提供しようといった内容や、安全な水とトイレを世界中に普及するなど、開発途上国にとって重要な項目が多く盛り込まれています。
エネルギーについては、17項目の目標の一つとして「すべての人々の、安価かつ信頼できる持続可能な近代的エネルギーへのアクセスを確保する」とうたわれています。
「世界の誰一人として取り残さない」という理念を掲げるSDGsですが、ウクライナの戦争に端を発したロシアからのガス供給不足は、途上国にまで波紋を広げています。
冬季の停電を避けるため、ドイツをはじめ欧州諸国は液化天然ガスや石炭など、これまで忌み嫌っていた化石燃料の調達に躍起になりました。また、石炭火力発電所を可能な限り稼働させる手配をしています。欧州各国が世界中で資源を買い漁ることになり、世界のエネルギー価格が暴騰しています。この煽りを最も受けているのは、貧しい国々なのです。
化石燃料資源を持たない途上国は、いま悲惨な状態になっています。
2022年7月にスリランカの経済が破綻し、大規模デモが起きて政権が転覆したことには、いろいろな原因が挙げられています。対外債務が積み上がり急激に外貨が不足したことや、産業・農業政策での失敗など数々の失政が重なった結果ですが、とどめの一撃となったのは、世界的なエネルギー価格の高騰でガソリンが輸入できなくなったことです。
議会で首相が国の破産を宣言すると、10万人規模のデモが起き、失政に怒った人々が大統領府になだれ込む事態となりました。ゴタバヤ・ラジャパクサ大統領はモルディブに逃亡した後、辞任を表明しました。
スリランカだけではなく、いま世界の多くの国で、エネルギー価格の高騰によって、貧困がますます悪化しています。パキスタンなど南アジアの諸国では、価格高騰のせいで発電用の天然ガスを買うことができなくなり、停電が続いています。
途上国でのエネルギー危機は、単にウクライナの戦争のせいだけではありません。「脱炭素」を掲げる欧米の圧力により、化石燃料事業への投資が世界的に停滞していたことが積み重なって、今日の破滅的な状態を招いています。
開発途上国の経済開発の芽を摘む先進国
米国ブレークスルー研究所のビジャヤ・ラマチャンドランは、学術誌『Nature』誌上で悲痛な叫びのような論文を発表しています。
先進国の国際援助において、気候変動対策をすべての融資の中心に据えるという近年の方針について、偽善であり、二枚舌だとして、猛烈に抗議したのです。途上国の化石燃料利用については、海外支援の対象から排除しながら、先進国自身は脱炭素と言いつつ天然ガスの利用を続け、石炭火力発電所を稼働させているからです。
さらにラマチャンドランは続けます。EUは、自らがガスを使いたいがために「クリーンエネルギー」の定義を天然ガスにまで広げるということをやっておきながら、途上国のガス開発については海外支援対象にしていない。これは「アジアやアフリカの人々にとって、(化石燃料が)事実上禁止されている」ことになるとして批判しています(『Nature』2021年4月20日)。
さらに、ラマチャンドランは北欧・バルト諸国についても、最貧国に対して「スマート・マイクログリッドやグリーン水素などの再生可能技術に限定して融資を行う」と発表したことは“偽善”だと言い切っています。なにしろ、自分たちはといえば、化石燃料と原子力のおかげで豊かに暮らしているわけですから。
開発途上国は、気候危機説を信奉する先進国のエリートたちによって、化石燃料のない“貧困に満ちた未来”への道を強制的に歩まされていると言えます。
植民地主義の研究者で哲学者のオルフェミ・O・タイウォは、この現象を「気候植民地主義」と呼んでいます。それは「貧しい国の資源を搾取したり、主権を損なったりするような気候変動対策を通じて、外国による支配を強化すること」と定義されています。タイウォは、脱炭素を押しつけることで、貧しい国々に対する大国の支配が固定化され、強化される恐れがあると警鐘を鳴らしています。
経済成長には安定したエネルギー供給が必須です。それは石炭、石油、天然ガスといった化石燃料によって、その大半が賄われてきました。化石燃料は、欧州、米国、日本、中国、いずれの工業化にとっても必要不可欠でした。
しかし、いま国際機関とG7先進諸国の主要な金融機関は、CO2排出を理由に、開発途上国の化石燃料事業への投資・融資を停止しているのです。これは開発途上国の経済開発の芽を摘むものにほかなりません。
じつは日本もこれに加担しています。2022年6月22日、日本の外務省はバングラデシュとインドネシアに対する政府開発援助(ODA)による石炭火力発電事業支援の中止を発表しました。CO2の排出が理由であり、G7の意向に沿った形です。
ところが、ちょうどその同日、夏の電力不足に対応するため、停止していた火力発電所の再稼働を日本は急いでいる、とのニュースが流れました。千葉県の姉崎火力発電所5号機、愛知県の知多火力発電所5号機などです。
自分の国で電力不足になると火力発電に頼る一方で、途上国の火力発電所は見捨ててしまうというのは“二枚舌”と言われても仕方がないでしょう。そこに道義はありません。日本では近年、電力不足が問題になっているのは事実ですが、バングラデシュほど慢性的に電力が不足し、停電が頻発して、経済に甚大な悪影響を及ぼしているわけではないのですから。