不寛容な世の中を笑って変えたい
――『名探偵のままでいて』は主人公がいて連作になっているので、このシリーズを続けて欲しいなと思う反面、他のもの、他のシリーズ、もしかしたら小西さんがこの先、ミステリーじゃないところに挑戦したりもするのかなって思ったんですが。
小西 あんまり四方八方手を広げても、とは思ってますけどね。やっぱり、何を書いてもミステリーにはなるんじゃないかとは思います。
――ミステリー以外の書き物には……っていう感じですか。
小西 うーん、ちょっと口幅ったいんですけど、小説とか映画って、人の人生を変え得る力があると思うんですよね。拙作がそうだという意味じゃなくて。
今って窮屈な世の中じゃないですか。「老害」って言葉が最近よく使われるでしょ。この言葉がライトになりすぎて、本来の意味とは違ったかたちで使われている。ただ年とっただけで「あー、もう老害だ」と言われたり。あまつさえですよ、お年寄りがちょっとフラついて、結果的に邪魔した形になっても、老害と言われてしまう空気さえある。
――自分が思い通りにいかないものを年上の方に邪魔されただけで、そういう言い方をしてしまうと。
小西 そうそうそう、曲解されているところがあるでしょう。ほんのつい最近まで日本には、年をとっただけで偉いっていう文化があって。お年寄りって言葉には尊崇の意があるんです。「寄り」って神様に寄っていく、みたいな意味もあるとも言われてますし、「喜寿」っていう言葉は室町時代、日本で生まれたものって言いますしね。
だから、不寛容な世の中、分断を煽る世の中になっているので、ちょっとでも「少々はええやないか、怒らんと仲良くしようや、笑とこや」って世の中になるのがいいなというのが、どんな本を書いても出ちゃうんじゃないかなと思います。
――小西さんが思っていることであったりとか、ホントはこういう世の中であってほしいなっていうのが、ミステリーを通して表現される。どんな話であっても、たぶんそれが投影されるんじゃないかっていうことですね。
小西 そうですね。考え方や習慣は絶対に出ちゃうんで。登場人物の言葉なり、なんなりでね。
――ちなみに、受賞したときからタイトルが『物語は紫煙の彼方に』から『名探偵のままでいて』に変わっている。このタイトルがすごくいいなって思ったんですけど。これも小西さんが考えたんですか?
小西 そうですね、いっぱい考えました。最終的に決めてくれたのは担当編集の方なんですが。何個出したか……それこそ多重解決か! ってくらい案は出しました。
――あははは。でもなんか、すごく品があると思ったんですよね。『名探偵のままでいて』って、なんか距離感がちょうどいい。
小西 あー、なるほど。「東野圭吾にハズレなし」みたいな(笑)。
――小西さんが岡村さんにパクられた名言(笑)。
小西 このタイトルだと、必然的に表紙は主人公の女性の絵になるのかな、とは思ってました。それでも最初にあの装画を拝見したときには腰を抜かしましたよ。Re°さんという方なんですけど、他のイラストを見ても表情を全部描かずして、見るものの想像力を喚起するっていうスタイルなんですよね。本の匂いを嗅いでいるのか、本にキスしているのか、いろいろ考えさせるじゃないですか。だから、最初にあの素晴らしい装画を見たとき、またタイトル変えようと思って。表紙負けするがな、と (笑)。
――いやいや(笑)。本当にタイトルもイラストもいいと思います。
「ラジオ業界スゲエな!」となってほしい
――小西さん、現役のミステリーの読者だと思うんですけど、ここ1年とかで「この作品、良かったな」とかっていうのがあれば教えてください。
小西 やっぱり、ジェフリー・ディーヴァーなんですよね。あの筆力、多作ぶりに加えて、どんでん返しのためには“最後ちょっとくらい矛盾が出てきてもいいじゃないか”っていう居直り方。とにかく読者サービス、面白けりゃいいじゃないかっていう。そこがディクスン・カーとちょっと似てるというか、姿勢的にはね。
あと、今でも書いてるってことで言えば、一番影響を受けてるのはミステリーの人じゃないんですけど、ジェフリー・アーチャーっていうイギリスの作家の方で。次の章に行く前の引きが上手なんですよね。リーダビリティの天才というか。この方は『ケインとアベル』なんかのフィクションだけじゃなくて、ノンフィクション風の小説も書いている。と言っても、だいぶ盛ってるんじゃないかなと思うんですが、すごく面白い。
――ミステリーじゃないんですね。
小西 そうなんです。『遥かなる未踏峰』という作品があるんですが、ジョージ・マロリーっていう伝説の登山家の伝記風ノベル。「なぜ山に登るのか」「そこに山があるからだ」って言葉、これはマロリーの名言で、その山っていうのがエベレストなんです。
――へえ! あの有名な言葉が。
小西 この本で忘れられないシーンがあって、“こういうのたまんねえな”と思ったのが、マロリーに好きな女の子がいて、その子とパリで初デートするんですよ。そこで、“「僕がどれだけ君のことを好きなのか、愛しているのか、ちょっとこの場で証明するよ」そう言うとマロリーは、エッフェル塔を一心不乱に登り始めた”みたいな。で、その章が終わる。たまんないでしょ。
――その先が気になる!
小西 そんなことあるわけないじゃないですか。盛ってるなって思う。でも、それがうまいなあと思うんですよ。なので、章のブロック、ブロックで次を読ませようという、そういうテクニックはアーチャーから学んでいるかもしれないです。
――もしかしたら、次にミステリーを書かれる際の手段になるかもしれないですね。
小西 もちろん、それもあるかもしれないです。
――放送作家の小西さんとして、やってみたいこと、やりたいことっていうのはあるんですか?
小西 んー、どうなんですかね……。ただ、放送作家をやめるつもりは全く無くて、この業界は「ちょっとキツいんでやめさせてもらう」って言ったら最後、二度と話が来ないですからね。だから、今やらせていただいてるものを一生懸命、全力でやらせてもらうことには変わりないです。ただ、この歳になってミステリー執筆という新しい楽しみを覚えてしまったので、最近はミステリーについて考えることが多くなりました。
――でも、現役で毎週やられているラジオの作家さんが、ミステリーも書いてるっていうのって小西さん以外は出てこないと思うので……。
小西 どうなんですかね。でも、出てきてほしいですけどね。次から次へと出てくれると「ラジオ業界スゲエな!」ってなるから。
――ちなみに、もう映像化の話も来てるんじゃないかと思ってるんですが。
小西 いやいや、そんな! そうなるといいですけど(笑)。
――書いているときに、登場人物をなんとなく「芸能人で言うとこういう人」みたいな印象で書いたりすることってあるんですか?
小西 自分の中ではありますよね。でも、なんとなくいろんな人が混じってるんですよね。岩田っていう教師が出てくるんですけど、それは明確に僕の友人でモデルがいるんですが、それ以外は、こういう部分はこの人って、いろいろなエッセンスが散りばめられてる感じですね。
――なるほど。映像化の際には岡村さん、矢部さんが出るシーンがあればいいですね。
小西 増刷されたら、いきなり「楓さん、なにしてはるんですか」って明らかに矢部やん、この登場人物、みたいな人物が書き足されてたり(笑)。