会社であっても家庭であっても、人を育てるためには、ほめたり叱ったりすることは必要です。ただし、自分のこれまでの経験をもとにするのは、いまの時代に合わないかもしれません。相手を「その気」にさせる上手なほめ方・叱り方について、ワークライフバランスのシンボル的存在と言われている佐々木常夫氏に聞きました。

※本記事は、佐々木常夫​:著『会社をつぶさず成長をつづける 社長の流儀』(ワニブックス:刊)より一部を抜粋編集したものです。

社員を「その気」にさせる上手なほめ方

留意しておきたいのは、やっぱり人間は叱られるよりも、ほめられるほうが気持ちいいということです。

部下が上司からほめられればうれしいし、「よし、つぎはもっとがんばろう」とやる気も出てくる。叱られれば落ちこんで、いっときにせよモチベーションも低下する。そうなるのは人間心理として当然です。

これは叱るほうも同じで、部下が成果を上げれば、上司である自分の手柄にもなるし、会社にとっても利益です。だから、ほめてやるのは上司にとっても気持ちのいい行為です。「うんとほめてやろう」という気分にもなります。

逆に、叱るのは気の進まない行為です。どれだけ叱ることに理があっても、叱る前には「あいつを叱らなくちゃいけない」と憂うつですし、叱っているあいだはもちろん、叱ったあとも「ちょっと言いすぎたかな」「恨んでなきゃいいが」といった苦いイヤな気持ちが残ります。

こうした両者の心理的な面からみても、人間は叱るよりも多くほめたほうがいいのです。私も現役時代は、部下を叱るよりもほめるほうが多い上司でした。

部下をほめる、叱るのは管理職の大事な仕事であり、仕事である以上、できれば気持ちよくやりたいし、部下から嫌われることも自分にとってハッピーなことではありません。ですから、どっちにしても、ちょっとした配慮はしてきたつもりです。

たとえば、叱ることに主目的があるときにも、八割はほめて、のこりの二割で「だけど、この点はこれから気をつけてくれよ」と注意をうながすように努めていました。

また、必ず明確に言葉にしてほめること。それも心がけたことのひとつです。ほめるときに「言わなくてもわかるだろう」というのは効果がありません。「きみの今回の仕事は、こことここの点ですぐれていた。よくやってくれた」とポイントを明確にして、短くてもはっきりとほめることが大切なのです。

その「短くほめる」方法も効果大です。これはダラダラと長くほめるよりも、ずっと説得力があります。ですから、あまり過剰にほめるのも逆効果で、部下にへつらっているように見えたり、「バカにしてるのかな?」と思われたりしかねません。

よく言われることですが、人前でほめるのも効果的な方法です。ほかの社員がいる前でほめられて悪い気のする人はいません。

▲社員を「その気」にさせる上手なほめ方 イメージ:pearlinheart / PIXTA

私も課長時代、当時の社長からこれをやられて胸がふるえた経験があります。らつ腕で鬼と形容されるほど部下にも厳しい経営者でしたが、この人があるとき、東レの役員クラスと通産省(当時)の幹部クラスを集めた食事の席で、私を名指しして、

「この佐々木という男はなかなかできる男だよ」

とほめてくれたのです。日ごろ、その人から叱責ばかりされていた私は「よく、言うよ」と思いながらも、奮い立つような気持ちを胸のうちに覚えました。組織で働く人間は、こういうほめ方にはことのほか弱いもので、いま思えば、上司の手練手管にまんまと乗せられてしまった感、なきにしもあらずです。

叱責という行為は“相手のため”にすること

ついでに、叱り方についてもふれておきましょう。

ひとつは、ほめるのとは反対に、人前でガミガミ叱らないことが大事です。部下にもプライドはありますから、衆人環視のなかで叱責すれば、たとえ叱られて当然のことであっても、人前で恥をかかせることになりかねません。ですから、叱るときはできるだけ一対一で、諭すように叱ることを原則とすべきです。

また、行為は叱っても、人格は責めない。これも大切です。「きみのやったココとココが間違っている」という指摘まじりの叱責はいいのですが、「なんで、こんなことができないんだ? ダメなやつだな」という人格否定はいけません。パワハラにつながるのは、たいていこういうケースです。

「同期のAくんはまた成績トップだぞ。少しは見習ったらどうだ」。こういう他人と比較する叱り方もNGです。あるいは、長時間叱ることも避けるべきでしょう。ほめるのもそうですが、なんでも長すぎるのは逆効果です。

そして、叱りっぱなしにしない。たとえば、叱った日の帰り際に「さっきはちょっと言い過ぎたかもしれん。まあ、これも上司の仕事でな。今後、おたがいに気をつけよう」などとさりげなくフォローを入れる。また、叱った最後に叱責を激励に変えたり、「おれにも似た経験があるよ」と相手の気持ちをほぐすような言葉をかけるのもいいでしょう。

▲叱責という行為は“相手のため”にすること イメージ:mits / PIXTA

ときどき、部下を頭ごなしに怒鳴っている上司もいますが、ああいう自分のストレス発散のために叱っているようなやり方はご法度にすべきです。叱責という行為は、あくまで相手のためにすることで、自分のためにすることではありません。

もし、部下のミスに腹が立っているようなら、その感情が落ち着くまで叱るのを待ったほうがいい。そうしないと、叱責の場が自分の感情をぶつける場になってしまいます。

一般的に、部下は上司よりも能力面でも経験面でも未熟なのが普通ですから、上司は部下をほめるよりも叱りやすい傾向があります。それだけにまた、ほめ方よりも叱り方に上司の人間性が表れやすいとも言えます。

部下の立場からみると、同じ叱られ方をしても、素直に受け入れられる上司と、反発を感じる上司がいます。この差はつまるところ、叱る人の信用度や人格の問題に行きつくでしょう。

ですから、人を叱るときには、叱る人の人格が問われている。そう考えて、配慮と励ましの気持ちをもって部下を叱ることが大切なのです。