突然言い渡されたひとり旅の指令
「もしもーし、はい。え? 今は高速を走っている最中ですよ。もうすぐ仙台あたりですが…えーっ、マジですか!? どうすんですか、今日の試合は? はい、はい…」
万念先輩が運転する隣の助手席で、宇佐川さんが携帯電話を耳にしながら深刻そうな顔で応対している。いったい何があったんだろう。
この日は福島県の会津坂下町に向かっていた。“あいづさかしたちょう”ではなく“あいづばんげまち”と読む。ぼくの中では難易度Bぐらいかな。
それはともかく、どうやら電話の主との話がついたようで、宇佐川さんは「わかりました。じゃあ、そうさせます」と言って電話を切った。そしてすぐに「万念、仙台で高速を降りろ」と指示を出す。
「え、どうしてですか?」
「まったく…まいったよ。タスケ社長がさあ、自宅に試合用のコスチュームを忘れてきたんだってよ」
「えーっ!?」
車内にいるほかの4人(日向先輩は骨折したため合宿所で安静にしている)が、いっせいに声をあげた。でも、それとバンが高速を降りるのとなんの関係があるんだろう。
「高速を出たら仙台駅にいけ。そしてアンドレ、おまえは車を降りて新幹線で盛岡に帰ってコスチュームを取ってくるんだ」
「でも、盛岡に着いたらどこにいけば…」
「社員の滝川さんっていう人が社長の家までコスチュームを取りにいっている。おまえは事務所までそれを取りにいけばいい」
「ぼく、事務所にいったことがないんで場所がわかりません」
「大丈夫、駅前からタクシーに乗って『東北プロレスの事務所』って言えば、たいがいの運転手は知っているから。万が一わからなかったら、事務所に電話して滝川さんに説明してもらえ。ワンメーターぐらいだから、すぐに着く。
で、コスチュームを受け取ったらすぐまた新幹線に乗って郡山まで出ろ。そこから磐越西線と只見線を乗り継いで、会津坂下まで来い」
「ぼくひとりで坂下までいくんですか?」
「当たり前だろ。電車賃とタクシー代は渡すから、全部領収書もらっておけ。忘れんなよ! 忘れたら自腹だからな」
お金のことよりも、盛岡から会津坂下までたどりつけるかが不安だった。地名オタクのぼくだが、ひとり旅の経験はこの前の楢葉が初めて。間違えずに乗り換える自信がない。
「今から仙台に出て盛岡まで引き返して、そこから坂下に出るとなるとけっこうギリギリかな…万念、乗り継ぎを調べろ」
車の中には時刻表が常備してあり、万念先輩はルートと時間をメモに書き渡してくれた。それによると、会津坂下へ17時45分に着く。試合開始は18時だから、計算の上では間に合う。
「会津坂下の体育館は、確か駅からそんなに離れていなかったはずだ。社長の出番はメインだから案外、余裕で間に合うようだな。いいか、万念が調べた時間と乗り換えだけは間違えるなよ」