最近世間を騒がせている「ChatGPT」「Microsoft Bing」など、AI関連の新しい技術が登場するたびに話題になる「人間の仕事がAIに奪われるのではないか」という脅威論。組織の“参謀”になることができれば、そんな心配はないかもしれません。金沢工業大学大学院(虎ノ門キャンパス)でマネジメント論を教えている伊藤俊幸氏(元海将・海上自衛隊呉地方総監)が、参謀になるためのノウハウを伝授します。
※本記事は、伊藤俊幸:著『参謀の教科書 才能はいらない。あなたにもできる会社も上司も動かす仕事術』(双葉社:刊)より一部を抜粋編集したものです。
言いなりにならず「正しく疑う力」をもつ
防衛大学の初代校長を務めた槇智雄氏は、当時新設されて間もない自衛隊の幹部に対して「理性ある服従」を繰り返し訴えました。これは私が皆さんにもっとも伝えたいフレーズでもあります。
“服従”という言葉にいい印象を受けない方がほとんどでしょう。広辞苑には「権威者からの命令や指示に従うこと」とあります。
しかし、軍事組織であろうと企業であろうと、組織である限り、誰かが決定権を持ち、組織はその決定に従うという構図は必須です。
指揮系統が曖昧な組織はスピーディな意思決定ができないので、どれだけフラットな組織でも必ず意思決定者や責任を負う人はいるはずです。当初は超フラットな組織でもなんとかなったスタートアップ企業が、肥大化するにつれて官僚的な組織に変り果てるといった話はよく耳にします。
このように組織運営においては一定の規律、つまりルールに従うことは必要なのですが、もしその命令に唯々諾々(いいだくだく)と従う部下しかいなかったらどうなるでしょう?
それこそ太平洋戦争のときの旧日本軍のように、情実人事によって生まれた“資質に欠ける”指揮官による明らかにまちがった判断によって、組織を壊滅に追い込むことにつながりかねません。
つまり、槇氏は、上官の命令を「正しく疑う力をもて」と言われたのです。
現代風にいえばクリティカル・シンキング。言われたことをただこなすだけではなく、自分の頭で考えられる自律的に動ける人材を育成する。そして、そういった部下だった人だからこそ、部下を活かす組織運営ができるリーダーになれるのです。
あなたは上司からの「訓令」で動けるか?
「理性ある服従」のできる部下。これこそが、いま多くの日本企業に足りない人材です。言われたことを勤勉にこなすことが美徳であると叩き込まれる日本人の多くは「服従はするが理性に欠けた状態」にあるといえます。
もちろん、自分の意見を上司に臆せずぶつける部下も少数存在しています。しかし、そういう人の多くは、今度は逆に上司のことを上司と思っておらず「理性はあるが服従しない状態」であることが多いと感じます。そんな人は組織を飛び出して起業しがちですが、自分の考えが強いだけに部下に対しては「無批判な服従」を要求してしまう。結局、いつまで経っても日本企業はトップダウン型組織ばかりです。
「理性か服従か」といった両極端ではなく、理性と服従をバランスよく備えた人材をもっと増やして日本型組織をアップデートしたい。それが自衛隊退官後の私のライフワークとなっています。
「理性ある服従のできる部下」を別の言葉で言い変えたものが“参謀”です。参謀のイメージを具体化するため、ここで質問をさせてください。
「号令」と「命令」と「訓令」。皆さんはこの違いがわかるでしょうか?
自衛隊では、部下に指示する方法として、この3つを明確に使い分けています。
まず最初の「号令」とは、小学校などで行なわれている“行動指示”のことです。「起立! 気を付け! 礼! 着席!」「全隊、止まれ!」など、行なうべき行動だけをシンプルに伝えるものです。たとえば、
「明後日の朝8時の名古屋行きの新幹線の切符を買ってきて」
という指示は号令といえます。ただし切符がなかった場合、部下は「ありませんでした」といって戻ってくる、子どもの使いのようになってしまいます。
次の「命令」は、“意図と行動”の両方を伝える方法です。たとえば、
「明後日の午後13時から名古屋の〇〇社に商談にいくので、朝8時の名古屋行きの新幹線の切符を買ってきて」
という指示になります。指示された部下は、新幹線の切符を買う上司の意図がわかっていますから、8時の切符がなくても、13時に間に合う切符を買ってくることになります。命令は号令よりも上司の意図、つまり“行動の目的”があわせて伝えられますから、部下に“自分で考える余地”が生まれ、上司にとっても満足のいく結果が得られることになります。
そして「訓令」とは、意図だけ伝えて“やり方は任せる”という指示のことを言います。先の例であれば、
「明後日13時から名古屋の〇〇社に商談にいくので、出張の手配を頼むよ」
というのが訓令です。ここで優秀な部下なら、次のような対応ができるでしょう。
「そういえば課長、名古屋の△△社の社長と長らくお会いしていないですよね。せっかくですから前日夜に名古屋で会食されたらどうですか? そのまま一泊して翌朝〇〇社に行けば楽じゃないですか。必要ならお店と宿の手配もしておきますよ」