「今のところ撮れ高はゼロです」の恐怖
誰しもやり直したい過去があると思う。
誰にだってあるだろう、夜道を歩いているときに、ふと思い出して、叫び出したくなるような過去が。
コロナはまだ油断してはならないのか、もう収束したのか、マスクは任意なのか、とにかく面倒な昨今。どんどん世間も元に戻ろうとしていて、営業などの仕事も、増えつつある。コロナ禍の真っ最中だったら考えられなかった海外ロケだって、テレビで復活しているという。
海外ロケ。
じつは、こんな私みたいな芸人でも、過去に海外ロケの経験があるんです。
今から10年以上前になるだろうか。「(株)世界衝撃映像社」というフジテレビ系列の番組があった。テレビで活躍する芸人が、令和ではちょっとできないような衝撃映像を自ら撮って、プレゼンするという趣旨の番組だったと記憶している。
その番組のなかの1コーナーで「知ってそうで知らない芸人が、知ってそうで知らない国に行く」という企画があった。私たちが当時組んでいたコンビが、度重なるオーディションの末に、抜擢されたのだ。
ハードなロケが予想された。だが、これ以上ないチャンスだとも思った。相方は「これで間違いなく売れる」と判断したのか、銀行に預けた貯金をすべて使った。
しかし、最初のラオスのロケが始まり、私は大事なことに気づいた。私たちはロケの経験が皆無だった。
面白いとか面白くないという次元の前に、ただただ下手だった。
なすなかさんのようなコンビプレーもなければ、現地の珍しい料理を食べても「うまー!」としか食レポできない、ディレクター泣かせのコンビだった。
ロケ開始から2時間くらいが経った頃、ディレクターが私たちに近づいてきて、低い声でこう言った。
「今のところ撮れ高はゼロです」
冗談を言ってるような顔ではなかった。カメラは回ってない。「ちょっと待ってくださいよ〜」という甲高い声がどこにも記録されることなく、ラオスの宙に消えていく。
考えてみれば、初の海外ロケが、フジテレビのゴールデン番組。練習なしの一発本番で、私たちのようなキャリアの芸人がクリアできるわけがない。私たちの見通しは甘く、実力は足りなさすぎた。
それでも、なんとかするしかない。頭を捻る。何か面白いことはないか。なんでもいい、何かないだろうか。模索を続けた。
巨大ワニと対峙した。スカンクと戦った。浜辺いっぱいのウミガメの産卵をカメラにおさめた。崖から飛び降りた。
できることは全て全力でやった。「若手芸人ならこうすべきだ」という理想を絵に描いたように、俺たちは全力で声を張り続けた。
だが、その声はふわふわと宙を浮いているだけだった。仕入れた素材は良いのに、調理するコックの腕がヘボすぎて台無しになってしまった料理のようなロケだった。最初から最後まで、ずっとイヤな汗をかいていたと思う。もちろんVTRの仕上がりも散々なものだった。