なぜ日本のアニメは世界中にファンができるのか? アニメ・特撮研究の第一人者かつ文筆者である氷川竜介氏が、今年3月に発売した『日本アニメの革新 歴史の転換点となった変化の構造分析』(角川新書)で、その謎に迫っている。

本作は『宇宙戦艦ヤマト』から『君の名は。』まで、アニメの歴史を語るうえで欠かせない作品を取り上げ、日本のアニメ産業に起こった「革新」を徹底解説したものだ。ニュースクランチ編集部は、誰しも一度は夢見る「好きなアニメを仕事にする」極意、そしてアニメの本質を研究することになったキッカケなどを氷川氏に聞いた。

▲Fun Work ~好きなことを仕事に~ <文筆家・氷川竜介>

アニメの仕事でも人が“やっていない”ことをやる

――氷川さんがアニメを仕事にしたいと思ったのはいつでしょうか。

氷川竜介(以下、氷川) 10〜20代の頃、気がついたらアニメが仕事になっていました。でも、若い頃はお金を稼ぐという意識は乏しくて、むしろ同人誌活動の延長でしたね。それが続いた結果、『アニメージュ』創刊前に雑誌の取材として、宮崎駿監督や富野由悠季監督などに話を聞きに行ける機会に恵まれました。

実際に仕事をしてみると、“自分が一番アニメのことをわかっているのでは”と自負できる瞬間もありました。ガンダムのテレビ音声を再編集したレコードの仕事をしたときも、“ここが全43話のピークだな”とわかっていましたし。劇場版の1年前なのに。

――実際に仕事をしてみて、やっぱり自分が一番アニメのことをわかっているなと思ったんですね。

氷川 そうですね。例えば、ガンダムが劇場版になっていく時期は「安彦良和さんのキャラクターデザインがすごい!」と、そういう認識が多かったと思います。あるいは漫画やイラストへの評価ですね。でも、安彦さんのアニメーション作画の魅力や技術については、あまり深く紹介されていなかったと思います。

アニメーション作品として感動しているのに、どうして物語やキャラクターの話ばかりで、アニメーションの根幹について誰も語らないんだろうと思っていました。それで、安彦さんが劇場版用に新作画した原画を集めてムックを作ったんです。

その時期から、僕は人のやらないことをやりたかったんですね。周りが「当たり前」としてスルーしがちなことを、あえて浮き彫りにしようとし続けてきました。今回の書籍でも、アニメの概念が深掘りされてきたように見えて「なぜ面白いのか、人気なのか」など本質が言語化されていない気がしてるので、そこにこだわっています。

『スラムダンク』『BLUE GIANT』に感動

――個人的には、歳を重ねるにつれて新しいものに感動しなくなっていく気持ちがあるんですが、氷川さんにはそれがないように見えます。

氷川 いえいえ、そんなことないですよ(笑)。これだけ長く生きて、いろんなアニメを見ているので、未知のアニメ体験で感動することはかなり減りました。この本には「ルールごと書き換えた者が最強」と書きましたが、ルールごと書き換えられたアニメって、実はそんなに多くないはずです。

――たしかに、その記述はアニメやエンタメはもちろん、どの業界でも当てはまる言葉だなと思いました。ところで、最近、アニメで感動しましたか?

氷川 ごく最近だと『THE FIRST SLAM DUNK』と『BLUE GIANT』には感動しましたね。『THE FIRST SLAM DUNK』は試合の映像で「これは見たことがないぞ」と感じました。今後、AIを使えば似たものを作れると思うかもしれませんが、現実のバスケの試合ってカメラが撮れる方法でしか撮れないんです。

実写では限界があるし、AI用のサンプルデータもその制約があります。だったら、バスケの試合のエッセンスを分解し、感動できるよう絵として再構築すればいい。手描きだと、自在に動くカメラワークが難しくなる。だから、こうしたギャップをCGを使って埋めた。ここまでは他に事例がありますが、未知の要素が加わったんです。

それはCGで描かれたものの違和感に、原作者自身が修正を入れて絵の表現に近づけたことです。その作家性があるから、驚きが生じた。ただし他の作品には移植できない、おそるべき手法です。手間を厭わずあれをやったことがスゴいですし、効果があそこまで出るとは、誰も考えていなかったと思います。ブレイクスルーとしてのヒントは確実にあります。

――なるほど、原作者が作品にとことん向き合い、最新の技術を駆使してやりたいことを具現化すると、あれだけの素晴らしい作品が出来上がると。『BLUE GIANT』はどういうところに感動したんですか?

氷川 『BLUE GIANT』の場合は、音楽とアニメの親和性に改めて感動しました。現在の映画館は音響設備がすごく整っていることもあって、臨場感あふれるジャズサウンドの響きが心地良かったですし、アニメーション表現も劇場の温度を高める高揚感に貢献していました。これをキッカケにして、音楽と映像の相乗効果を意識したアニメ映画がたくさん作られるようになれば、また大きく何かが変わるかもしれませんね。

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