定年退職した営業マンの体験談

我慢の人生へのご褒美のため、ワクワクした老後を過ごすためにはどうしたらいいでのしょうか――。

次に、ある一例をご紹介いたします。

メーカーで営業の仕事をしてきた人が、定年退職して考えたそうです。

「仕事で月の半分は出張、日本中を歩いてきたけど、まだ行ってなかった県が残っていたな」

時間はたっぷりあるから、どうせなら行ったことのない県を訪ねてみようと思いつきました。特定の観光地を目指すのではなく、行ったことのない県が目的地ですから計画は簡単です。

「東では山形県か、西だと鳥取県だな。この二つの県さえ回れば47都道府県制覇になる」

自分でも他愛ない計画だと思いましたが、すぐに気がつきました。

「時間や相手に縛られない旅行なんて初めてじゃないか」

今までは仕事の出張ですから、スケジュールはあらかじめ決まっていました。どこに行って何をやるか、誰と会って何を決めるか、何日まで動き回って、いつ本社に帰ってくるか。宿泊先も往復の飛行機や列車の時刻も、すべて決まっていたのです。

それが全部、行き当たりばったりでいいとなれば「どうしようか」と考えてしまいます。

そこで、いろいろネットで旅行情報を調べてみます。グルメや温泉、名所に観光地、町の見どころや飲食店街の様子などですが、そもそも目当てや目的がないのですから絞り込めません。

そこで、この人は「行き当たりばったりでいい」と決めます。そうするしかなかったのです。

▲まずは「行き当たりばったりでいい」と決めてみよう イメージ:8x10 / PIXTA

「とりあえず新幹線に乗って県庁所在地の山形市に入り、そこから在来線に乗り換えてどこかの町で降りて、あとは行き当たりばったりでいい」

「宿さえ見つかれば困ることは何もないのだから、行った先で美味しいものでも食べてのんびり見物すればいい」

そう考えて、なんの計画も思い浮かばないまま、小さなバッグに着替えと洗面道具だけ放り込んで、とりあえず東京駅に向かったそうです。駅に着けば観光案内のパンフレットが目的地別に置いてあります。山形のパンフレットを手に山形新幹線に乗り込みました。

その人は、とにかく動いてみたのです。

動けば何かが始まる、始まればその先が見えてくる

目的も理由もないのに、わざわざ旅行に出かけるのはお金と時間の無駄でしょうか?

忙しい現役時代なら、そう考えて当然です。「どこにそんなヒマがあるんだ」とすぐに諦めます。

でも、高齢になるということは、そういう現実的な計算から自由になることだと気がついてください。というより、気にしても始まらないのです。老いれば、そもそも効率だの成果だの、あるいは費用対効果(コスパ)だのから遠ざかっていきます。

一日かけて本を読んでも若い頃の半分とか、せっかく覚えたことを忘れてしまうとか、家事でも作業でも休んでいる時間のほうが長いとか、計画通りにいかないことだらけになってきます。

だからといって、何もしないほうがマシとはなりません。時間やお金や体力の無駄を言い出したら、寝ているしかなくなります。せっかく自由な時間が手に入ったのに、それでは本当に無駄な毎日になってしまいます。

だから、いちばん大事なのは、思いついたらとにかく“ひょい”と動いてみることでしょう。

▲思いついたらとにかく動いてみる イメージ:プラナ / PIXTA

動きさえすれば、何かが始まります。駅まで行けば乗車券が買えて、乗車券が買えれば新幹線に乗れて、乗ればどこか遠くに着いてしまうのです。

「着いた先でやりたいことがない」とか「そこから先の予定が立たない」といったためらいは、着いてしまえば消えます。犬も歩けば、の気分です。

山形に出かけた元営業マン氏はまだ70代、終点で降りて在来線に乗り換え、ひとまず海辺の町を目指しました。着けばもう午後の遅い時間です。市街地のビジネスホテルに宿を取り、7階の部屋から窓の外を見たら、夕日に照り返される日本海が見えたそうです。幅の広い河口も見えます。最上川だなと頭の中に地図が浮かんできます。

「そういえば、秋田にも新潟にも仕事で行ったけど、日本海を見たのは初めてだな」

そう気がつくと、うれしくなったそうです。

「これで鳥取に行けば、砂丘から日本海が眺められるのか」と次の計画が楽しみになってきたといいます。

とにかく動けば何かが始まります。目的もなく“ひょい”と動き始めても、自分が目指す場所が見えてくるのです。

皆さんもぜひ、この方のように“ひょい”と動くことから始めてみてください。きっと老後がワクワクしたものに変わるはずです。