「インディ・ジョーンズ」新作に見る思惑

――新作『インディ・ジョーンズと運命のダイヤル』が、今まさに公開されています。

宇野 あれもまさしくそうですね。今回はディベロップの時期にスピルバーグが監督を降りちゃいましたけど、狙いはインディ・ジョーンズというIP(知的財産)の復権だと思います。もし今回の新作で復活できれば、インディ・ジョーンズの新しいテレビシリーズをあらためて作る起爆剤になる。それを実現するために、映画のほうはハリソン・フォードに三顧の礼で出てきてもらったっていう動機が見えてきますね(笑)。

昨今のディズニーは万事その調子ですから。『リトルマーメイド』の実写版が日本ではそこそこヒットしましたが、その前のディズニークラシックの実写リメイク映画のヒットは2019年の『アラジン』。その後、ディズニーがやったのが『ピノキオ』『ピーター・パン&ウェンディ』っていう、誰もが知るディズニークラシックの実写化なんですが、知ってます?

――知らないです。

宇野 ですよね? 劇場公開せずに、いきなり配信したからですよ。ちなみにピクサーの新作『マイ・エレメント』もアメリカでは大コケしています。ピクサーもコロナ以降、新作を劇場公開ではなく配信し続けてきて、そこで新たに劇場でかけられても、“配信と何が違うんだ?”って思いますよね。もちろんコロナって背景はあったけど、そうやって観客との信頼関係を失ってきたというのは大きいんじゃないかなと思います。

――時代背景や企業の思惑まで分析して批評するスタイルって、どこで獲得されたんですか?

宇野 「あのシーンがよかった」「あのカメラワークが」みたいな話だけしていられたらいいんですけど、映画についてものを書いたり喋ったりすることを仕事にしている人たちが、あまりにも木だけを見て森を見ていないから、自分がやるしかないという感じです(笑)。ここ数年、特にコロナ禍以降、不思議でしたよ、家が燃えて火がそこまで迫ってるのに、どうしてみんな楽しく夕飯を食べているんだろうみたいな(笑)。消火器を持ち出すこともなく、家から逃げるでもなく。

――それはなぜなんでしょう?

宇野 そういう人たちを支えているのは……一言で言うと「映画愛」だからじゃないですか。愛が勝っちゃうから、目の前にある作品を見ることで、充足してしまう。もちろん僕にも映画愛はありますよ(笑)。ただ、映画が“死に体”になっているのであれば、何かをやりたいなと思います。

▲劇場スルーで配信というスタイルが失わせたものは大きいと語る

キャンセルカルチャーが失わせたもの

――宇野さんの過去の著作は、くるりや小沢健二など、宇野さん自身が語りたい“木”の魅力に関して熱量を持って書かれていた印象があるんですが、今回は、おっしゃるように“森”について語っています。そのなかでも、とりわけ熱量を持って読者に伝えたいところはどこですか?

宇野 えーと、ぶっちゃけると1章の「#MeToo とキャンセルカルチャーの余波」ですね。そこで、“あなたたち”が燃やし尽くしたもののなかに、たくさん大事なものがあったでしょうと。それに猛省を促したいと強く思っています。

人から職業を奪うのは、比喩ではなく人を殺すのとまったく一緒です。もちろん、ハーヴェイ・ワインスタインをはじめ、抹消されるべき邪悪なものはありました。ムーブメントは否定しません。男女の俳優の待遇の格差はそうだし、セクハラ・パワハラは横行していた。ハリウッドは本質的にそういうものを抱えてきたし、日本も同じです。

それらはもちろん是正されるべきだけど、特に2017年から2020年の3年間くらいにわたって、どれだけの人がオーバーキル、要は些細なことでキャンセルされたか。そんな異常な時代があったということが、この本で言いたかった大きなことのひとつです。反動的なことを言ってるように思われるかもしれないけど、絶対に異常でしたよ。

たとえば2017年以降、ピクサー映画の新作が全然ヒットしないでしょ? 先ほど配信のせいだといいましたが、もうひとつ、それまでピクサーを支えてきたチーフ・クリエイティブ・オフィサーのジョン・ラセターがクビになったことで、ディズニーのなかでのピクサーの影響力や発言力が削がれたからですよ。

本来なら社内の問題として停職などの処分ですみそうな案件であっても、それが時流のなかでオープンにされて、世論に押されて、自社の株価維持のために慌ててキャンセルする、みたいなことをハリウッドは延々とやってきた。

――そういった部分も語り継いでいく必要があると。

宇野 じつは、アメリカでの潮目は変わっています。象徴的だったのは、ジョニー・デップとアンバー・ハードの裁判です。全米が経緯を注視しているなかで、アンバー・ハードが敗訴しました。

――最初は離婚に際してアンバー・ハードがデップのDVを訴え、その後、アンバーがDVを吹聴したことをデップが名誉毀損で訴えたんでしたっけ?

宇野 #Metoo的な告発で始まって、最終的にアンバー・ハードが敗訴してますね。じつは、それまでにも法廷の場で無罪になっているようなケースはいくつもあるんですけど、もしかしたらアンバー・ハードが#Metooを殺したことになるかもしれない。当時の異常なムードのなかで、無理筋な#Metoo的な訴えをして弾かれたっていう。

本を書き終えたあとの報道なので、この本には反映されてないんですけど、カンヌでの取材で、ジョニー・デップが重要な発言をしていたんですね。今後、映画界にどういうふうに復帰するのか質問されて、ジョニー・デップは「ハリウッドではもう仕事しない」って答えてたんですよ。心の底からハリウッドに対して絶望し、見切りをつけたということですね。今後はヨーロッパで自分の出たい映画に出るという、セカンドキャリアに入ってるようですね。

――今回『ハリウッド映画の終焉』を読んで、さまざまな映画を通して、見聞を広げることができました。

宇野 本の冒頭にも書いたように、カルチャーとしての映画、アートとしての映画は、これからも国の助成金などを当てにしながら生きながらえていくのでしょう。でも、自分が一番好きなのはエンターテインメント作品なんですよね。そこが死に体になっているのであれば、せめて現状認識だけでも正したいという思いを、この本には込めたつもりです。

(取材:武田篤典)


プロフィール
 
宇野 維正(うの・これまさ)
1970年、東京都生まれ。映画・音楽ジャーナリスト。音楽誌、映画誌、サッカー誌の編集部を経て、2008年に独立。著書に『1998年の宇多田ヒカル』(新潮社)、『くるりのこと』(共著:くるり / 新潮社)、『小沢健二の帰還』(岩波書店)、『日本代表とMr.Children』(共著:レジ― / ソル・メディア)、『2010’s』(共著:田中宗一郎 / 新潮社)。Twitter:@uno_kore、Instagram:@uno_kore