芸人・松原タニシが『恐い食べ物』(二見書房)を上梓した。映画化もされた『事故物件怪談 恐い間取り』をはじめ、過去数々の「恐怖」をテーマにした著書を発表している松原が、今回は食べ物にまつわる怖い話を収集。体を張って挑戦した体験談なども収録されている。
「事故物件住みます芸人」として知られる松原は、2012年に出演したテレビ番組の企画をきっかけに、全国各地のいわく付き物件に11年間住み続けている。なぜこんなにも「恐怖」への探求に取り憑かれているのか? そんな彼が「恐怖」と「食」の関係に着目した理由とは? ニュースクランチ編集部がインタビューを通じて謎に迫った。
この世界ではどんな場所でも何かが何かを食べている
――タイトルを聞いて「“恐い”と“食べ物”ってどう結びつくんだろう?」と不思議に思いつつ、新鮮味を感じました。このテーマはどのように生まれたのですか。
松原タニシ(以下、タニシ) 「恐い」と「食」について考え始めるきっかけになったのは、僕が16番目に借りた事故物件での経験でした。それまでは人が亡くなってからクリーニングやリフォームされたあとの物件に住んできたんです。でも、事故物件に住み始めてから、警察が遺体のみを引き取ったままになった状態、つまりその他の“残置物”がそのままのところに、初めて住むことになったんです。
その部屋では一人の男性が亡くなったことに気づかれぬまま、2年ほど遺体が放置されていたそうです。僕が入居したとき、男性が亡くなっていた場所に人型サイズの土があって、“これはなんだろう?”と思ったのですが、恐らく遺体を食べたネズミや虫の糞がバクテリアに分解され、やがて土になったのではないかと。
それまで自分は“食べる”立場になるだけだと思っていたけど、自分と同じ人間が“食べられて”、その結果として土になっている。で、土からは新たに何かの植物が生えてきて、それを食べる生物もいる……そういう自然の摂理みたいなものが、人間によって作られた建物の中で、人間が死ぬことで初めて目の当たりになった。人工物の中で自然を感じたわけです。
それと同時に、この世界ではどんな場所でも何かが何かを食べている、という現象が起こり続けているんだということを思って、その瞬間すごくゾワッときたんですよね。
――一般の住居に住んでいては得られない気づきがあるから、タニシさんは事故物件に住み続けているんでしょうか。
タニシ そうですね。たぶん一軒目の事故物件に住んでいたときは「幽霊ってどんな存在なんだろう」「事故物件に住んだら呪われちゃうのかな」ということを考えていたんです。でも、いろいろな事故物件に住み続けていくうちに「幽霊になった人は、亡くなる前にどんな生活をしていたんだろう?」というところが気になってきた。興味の対象が幽霊から人になっていったんです。
――そう思うようになったのはなぜなんでしょうか。
タニシ クリーニング済みではあるけど、リフォームされていない事故物件に住んだことがあったんです。そこは前の住人がヘビースモーカーで、壁がヤニだらけでした。それを見ながら生活すると、その方の生前の暮らしを想像するじゃないですか。
不動産屋さんに話を聞いたら、前の住人は長いことお父さんの介護をされていて、お父さんの死後、仏壇の前で後を追うように自死されたと。そういうことを知ると、幽霊が出て怖がるとかそういう次元ではなく、一人の人が生きて、亡くなって……ということについて考えるようになって。
――事故物件って本当に怖いものなんだろうか? という気持ちにもなりますね。
タニシ そうなんですよ。僕は「どうして事故物件って、人からイヤがられるんだろう」「自分は事故物件に住むことが、なんでイヤじゃないんだろう」ということも知りたいんです。同じ対象でも“怖い”と感じる人もいれば、“怖くない”と感じる人もいる。その差に「他者」と「自分」の境界線があると、僕は思うんです。
――例えば、この本に収録されている「サバ」という話は、樹海マニアの方に遺体の写真を見せられて、ちょうど食べていたサバが喉を通らなくなったという内容でしたね。逆に、その樹海マニアの方は遺体の前でも食事をすることができると。
タニシ 事故物件に住み続けて、人はいつか死ぬものだからと理解していたつもりだし、遺体を見ても意識としては大丈夫なはずなのに、あのときは体がどうしても受けつけなくて。頭と体が分離している感覚でした。
――人によって恐怖を抽出するポイントが違ってくるわけですね。
タニシ 今回『恐い食べ物』という本を出すことが決まってから、周りに「食べ物に関係する怖い話ってありますか?」と聞いてたんですけど、ほとんどの場合はすぐに出てこないんですよね。でも、なんとか絞り出してくれたものが、すごくその人を表しているなと感じて面白かったんです。
例えば、この本に「味噌」という話が収録されています。余命宣告を受けたお姑さんからもらった味噌を使いきった日にお姑さんが亡くなって、味噌を食べたことで、お義母さんの寿命を縮めてしまったと、ひどく後悔したと。
「怖い話」として、そういう話をしたということは、その方にとっての恐怖は“大切な人の死”であるということがわかりますよね。