腕時計で広がった交友関係と変化した金銭感覚

――腕時計にハマってから交友関係は変わりましたか?

ヒロユキ 変わりましたね。それまでは漫画家の友人しかいなかったのですが、腕時計を購入するようになってからは、 SNSでつながったり、実際にオフ会で会ったりしています。

――オフ会では、どういったお話をされるんですか?

ヒロユキ そりゃもう、腕時計関連のことをいろいろ話します。「この前のあそこの新作よかったですよ」とか「あれってどうすれば買えるんですかねー」みたいなこととか。仲間同士で推測したりして楽しいですね。

――「あれ欲しいよね」って話題に上がることが多い腕時計はありますか?

ヒロユキ 最近だと僕の周りで多いのは、ロレックスの「デイトナ ル・マン」ですかね。僕も欲しくて周りでもよく聞くのはリシャール・ミルの「35-03」でしょうか。これはみんな「買えない……」と嘆いています(笑)。でも全体的にはやっぱりロレックスが多いですね。やっぱり分母が大きいので。

ものによっては「日本に何本入ってくるんだ? 10本? 20本?」っていう腕時計もあるんで、そういうのを手に入れようとするのは本当に大変です。でも欲しければ頑張るしかないんです(笑)。

――出てくるお話がすごいことばかりで、ついていくのが精一杯です(笑)。ちなみに腕時計を買う時は大金を使うわけですが、どういう気持ちになるのでしょうか?

ヒロユキ 買うときは「高いなぁ……。こんな高いの買って大丈夫かな……」っていつも思ってますよ!(笑) 買って使ってるときはテンションが上がります。好みの時計をつけていると、いい意味で心が動かされますね。だから、腕時計に限らずですが「いま自分がお金を払おうとしているもの、これはどのように自分の感情を動かして、なにかしら幸せな気持ちにしてくれそうか?」というのは、お金を払う前によく考えます。

腕時計は自分が好きな物だし、基本的には幸せな気持ちにしてくれますが、似たような物を買っても気持ちの動き・感動は少ないじゃないですか。「じゃあ、自分がどういう時計を使うと、どのように気持ちが動くのかな」というのを考えて選ぶようになりました。

――時計がキッカケで交友関係が変わったと思うのですが、ご自身の行動や性格など変化を感じる面はありますか?

ヒロユキ ありますね。社会人になってからは出会いも少なく、基本的には同業の友人しかいませんでした。でも、腕時計を買うようになって、多種多様な人とのつながりができました。その人たちとの唯一の共通点は「腕時計」。それ以外の共通点が全くないような人とも時計の話から始まり、少しずつ時計以外の話とかするようになって、輪が広がっていく感じがすごく面白いですね。

自信の変化としては、多額の借金しておいてアホさ満載ですが……お金のことは今まで以上に考えるようになりました。以前は貯金しかしてませんでしたが、今はローンの金利、世の中のインフレ率、お金を運用して得られる利回り。そういったさまざまな要素を考慮に入れて、多角的に資産を管理できるように頑張っています。とはいえ、時計は買いすぎなんですが(笑)。

――腕時計好きが集まったら、いつまでも話が終わらない気がします。

ヒロユキ 終わらないですね! 「次は何を買うべきか?」というテーマだけでも、それぞれ違うので話が尽きないですから。自分で買った時計の話をしているときや、みんなの腕時計への愛を聞いている時間はすごく楽しいです。

――素晴らしい趣味に出会ったんですね。

ヒロユキ 本当にそう思います。そして最近は「自分のコレクションをどう完成させていくか」ということをよく考えるようになりました。前に「食」をテーマとしたバトル漫画で「自分のフルコース完成させる」というお話がありましたが、それに似ている気がします。まぁたぶん一生完成しないんですけど(笑)。毎年魅力的な新作が出てきますからね…!

人生を変えてもらった腕時計に感謝

――これまで漫画のなかで腕時計を書いたことはありますか?

ヒロユキ 今のとこはないですね。やっぱり描こうと思うとすごく面倒なので(笑)。腕時計をたくさん持っているのに、適当な絵で描くのもイヤだしなぁと思ったり。あと、単純に出てくるキャラクターを考えると普通に学生が多く、「僕が集めてるような時計は使わないでしょ」みたいなこともあるし。でも、機会があったら腕時計をつけているキャラクターも出してみたいですけどね。お金持ちのキャラクターを出して、高級腕時計をつけさせたいですね(笑)。

――最後の質問です。腕時計に出会っていなかったら、ヒロユキさんの人生はどうなっていたと思いますか?

ヒロユキ もしかしたら、最新作の『カノジョも彼女』は生まれなかったか、もしくは途中で週刊連載をリタイアしていたかもしれませんね(笑)。最初にも言いましたが、漫画家、特に週刊連載って本当にきついんです。若いうちは気合いもあるし「売れなきゃ」っていうモチベーションがあるじゃないですか。漫画が売れなければ生きていけないですから。その前提があるから昔は頑張れました。

でも、漫画が売れてきて生活も盤石になってくると、「心身を無理させてまで働く必要があるのか?」っていう気持ちが出てきて。だから、漫画を描くための理由がほしくなるし、必要だと思うんです。それが僕にとっては腕時計を買うことでした。

もし腕時計に出会っていなくても、週刊連載に挑戦していた可能性はありますが、完結まで描き切れていたかはちょっとわからないですね。しかも、コロナ禍で外出もままならないなかで、ずっと部屋にこもって黙々と描き続けられたかは怪しいですね。そういう意味では、自分の仕事のモチベーションを上げてくれる腕時計を買っていてよかった。友達もできましたし。ただ、結果的にローンまで組んでいるので、それはどうなのかっていうのはあるのですが(苦笑)。

――(笑)。でも、腕時計のおかげで漫画家・ヒロユキの今があるといっても過言ではないということで。今年の10月には、ヒロユキさんが高級時計“沼”について書いた新書『アニメ化4作品のマンガ家が腕時計にハマった結果5000万円の借金をつくった話』も発売されますね。

ヒロユキ そうですね。腕時計さまのおかげで本を出す機会もいただけたというのも本当にありがたいことです。何にお金を使うかって、人生のなかで占めるウェイトが大きい話だと思うんです。そこが大きく変わりましたからね。腕時計に出会うまでは通帳にお金が貯まっていくのを眺めるだけの人生だったので。めちゃくちゃ人生が変わったと思います。これからも皆さんに楽しんでいただける漫画を描けるように、そして、ローン完済を目指して描き続けたいと思います!


プロフィール
ヒロユキ
漫画家。石川県出身。代表作に『ドージンワーク』(芳文社)、『マンガ家さんとアシスタントさんと』(スクウェア・エニックス)、『アホガール』『カノジョも彼女』(講談社)などがある。X(旧Twitter):@burumakun