楽しさと後ろめたさの折り合いをつける必要があった
――ビニールが腕について取れない、のような描写があったり、複数人での話し合いの部分は、誰が誰を見ているかがよくわかるなと感じます。複数人の会話を書きたかったとブログにも書かれていましたが、その書き方について教えてください。
乗代 あるあるみたいな意味で書きたいのもありますが、その動作をした描写を書けば、次にその人が喋ったときに名前を言う必要がなくなるんです。複数人の会話は、“とにかく名前を繰り返さない”っていう制約が一番出てくるんですよ。それが面白いなっていうのもありました。複数人の会話については、いろんな工夫をして、前の作品とかでもいろいろ試しました。
例えば漫画だと、吹き出しもあるし、手書きで小さくセリフを書いたり、カットを割ったりなどの引き出しがありますよね。小説だとそこに動作が入ってくるのですが、漫画の1コマ内で起こることを、その人が喋っている動きのなかでやろうっていうのを、2~3年前ぐらいにマネして始めました。もともと漫画のマネをよくしていましたね。
――話は少し違うかもしれないのですが、赤塚不二夫が描くニャロメは、漫画だと誰が喋っているかがわかりにくいから、語尾をつけたんだそうです。当時の漫画家の方は、喋ったり動きがあったりするものに対してのコンプレックスのようなものがあったのではないかと思います。
乗代 なるほど。そのニャロメの役割になるのが、今回作品でいうと、吃音なのかなと思います。音を書くことでその人間だとわかるので。説明がなくても、誰が喋っているかわかるんです。でも、それを書くことに後ろめたさはもちろんあるんです。「絶対に自分の中で納得がいくように書かないといけないな」からのスタートではありましたね。いろいろ工夫ができるので、会話を書くのは楽しいです。
楽しさもあるなかで、その後ろめたさと折り合いをつけて、実際に何ができるのか。「7人の会話を書くぞ」という覚悟で書いているのは明らかなので、そこで後ろめたさが勝ってしまっては台無しになるんですよ。1人を救うのに全員を犠牲にしなければいけなくなってしまうので。
本を読む・書く以外に興味のあることは?
――ここまでは、『それは誠』の話や創作術についてお聞きしたのですが、もっとパーソナルな部分についてお聞きしようと思って……どんなご飯が好きですか?
乗代 (笑)。
――すみません、バカみたいな質問になってしまって…(笑)。
乗代 いえいえ(笑)。ご飯は……Oisix(オイシックス)というキットを取り寄せて自炊をしていますね。もしかしたら料理の描写を書くことがあるかもしれない、というスケベ心もありつつ、楽しんでやっています(笑)。
――では、本を読む・書く以外に興味のあることや、今気になっていることはありますか。
乗代 そうですね、歩くことと……あとはお笑いとかでしょうか。
――お笑いお好きなんですよね、乗代さんが読まれた本を見ていると、芸人さんの本も多く読まれているなと思いました。芸人さんはどなたがお好きですか?
乗代 そうですね……衝撃というか、影響を受けたのはやはり松本人志さんですね。
――ここ1年ぐらいで、面白かった本はありますか。
乗代 書評で紹介した作品は、影響を受けたものが多くあります。児童の読書感想文を集めたものが毎年出るのですが、それについて4000字くらいで書評を書いたんです。もともと塾講師をやっていて興味もあったのですが、技術的にすごいなと思う部分がありました。小説は最近あまり読まなくなりましたね。民族学とか考古学とか、歴史は広すぎて面白いなと感じています。
――SNSなどに風景や景色の写真を載せていますが、写真への興味もありますか。
乗代 あまりないですね(笑)。写真を撮り始めたのも2~3年前です。祖父が亡くなったときに一眼レフカメラをもらって、それを持って歩いたりはしました。仕事をいただくうえで、写真も撮るようになった感じです。
――今は新しい連載をやっていますよね。
乗代 はい。工場やいろいろな場所に取材に行くんですよ。この前は博物館の館長とお話しして、“なんて面白いんだ”と思いました。普通は聞けない話を聞くのは楽しいですし、そう考えるとありがたいお仕事ですよね。
(取材:萌映)