『それは誠』(文藝春秋)が第169回芥川賞候補に選ばれるなど、注目が集まっている小説家・乗代雄介。2015年に『十七八より』(講談社)で群像新人文学賞を受賞して作家デビューしたのち、2018年には『本物の読書家』(講談社)で野間文芸新人賞を受賞した。

近年の著書では実在する場所を舞台とした風景の描写がめざましく、『それは誠』は普段あまり本を読まない人にも入り込みやすい一冊になっている。今回は、そんな乗代氏にニュースクランチがインタビューを実施。同作を書くにあたっての苦労や思い、乗代流の小説の書き方について語ってもらった。

▲乗代雄介【WANI BOOKS-NewsCrunch-Interview】

実際に足を運ぶことで作品の舞台が決まる

――『それは誠』を書こうと思ったキッカケを教えてください。

乗代 最近はずっといろいろな場所に足を運んで取材をして、作品に入れる・入れないに関わらず、その場所に行って感じたことや見たもの、“ここはいいな”と思うことを書き留めています。(取材ノートを広げながら)これ、前のやつなんですけど……僕の場合は、風景を書き留めておくうちに、小説の舞台にしたい場所がだんだんできてくる感じなんです。

▲実際に作品の元となった取材ノート

多摩川沿いを歩いていて見つけたのが、今回の舞台になった「谷ノ上横穴墓群」です。多摩川の大地の斜面にできていた場所で、立地と落ち葉が積もっている様子がすごくよかったので“ここで何かしたいな”と思いました。

ある日、歩いているうちに日が暮れてきて、バーっと陽が差して、異様に夕陽がきれいな日があって。これも、この日この町で実際にあったことだから、小説に入れたいと思いました。そんな感じで歩いて回るうちに、舞台やストーリーが固まってきたという感じです。

――風景を想像だけで書くのは難しいと思っていたのですが、乗代さんの場合は実際に見るところから始まっていたのですね。

乗代 そうですね。書き留めた内容をそのまま使うこともありますし、何度も行って感触を確かめることもあります。本に書いている落ち葉のシーンは、沈み込む感じとか、どこまで埋まるかとかを実際に確かめました。あとは、時間の経過もそうです。やっぱり、ずっと同じ場所にいるといろんなことが起こるので。そういうリアリティは、足で掴んでいかないとどうにもならないところだと感じています。

僕、港湾の仕事にも興味があって、東京湾から九十九里浜まで、千葉の海岸を歩いたりもしていたんです。そうしたら、浦安の辺りに修学旅行生が多かったんです。修学旅行生向けのホテルもあって、フロアごと貸切になっていたりしていました。そういうのも下調べしていて、つながった感じですね。

――このような書き方をしたのは、『それは誠』が初めてですか?

乗代 強く意識し始めたのは『旅する練習』からですね。舞台を指定してっていうのは前からやっていて、『それは誠』でもこの景色を舞台にしようと決めて、自分が見た風景をすべて入れたいと思っていました。あとは、対話をやりたかったというのもあります。

今の書き方は肉体労働です(笑)

――今は見たものを書くフェーズに入っていると思うのですが、たとえばSFだったり、歴史ものだったり、今後そういったものを書く予定はありますか。舞台が現代ではない作品も前にブログで書かれていたような記憶があるのですが……。

乗代 時間があれば書けると思うのですが、その舞台の時代とか、すごく勉強が必要だと思うんです。ある程度のレベルにする準備が必要だと思いますし、そこにはいろんな問題がありますね。「自分に『もののけ姫』をやれるのか?」という感じです(笑)。

――なるほど(笑)。

乗代 歩いてウロウロして、過去に思いを馳せる。気持ちとして遡る感覚にはなれるので、今はそれをやっている感じですね。いろいろな文章を書く練習をブログでやってきたので、書き方はなんとなくわかるんです。

でも、今そういうものを書いて、見たものを書くより面白い書き方ができるのかは、自分の中で疑問があるんです。結局、頭の中で参考にした何かを組み立てていくことになるので、今のやり方とは真逆ですし。今は言わば肉体労働なので(笑)。

――(笑)。文章だけでも説得力がありますが、こういった取材ノートを見せていただくと、余計に作品の説得力が増すというか……。

乗代 ありがとうございます。成果どうこうは別にして“時間をかけた”という強さはあると思っています。場所をちゃんと書いて、いろんな音声を聞くことで、自分が納得できるストーリーを作れているので。最初にストーリーを考えるとなると、ちょっと自分に負荷がかかるというか。「勝手にこんな話にして、そこに景色を当てはめるのかお前は」っていう(笑)。

なので、まず散らかしておいて、そこからどうつながるかを考えていくと、その罪悪感みたいなものは全くなくなります。この世界がただそうなっているだけなので。

――作品は自分に都合のいいように作れてしまいますしね。そこに対して後ろめたさがあるから、乗代さんはその書き方をされているのですね。

乗代 たぶん、それでできあがったもののほうが、ストーリーから考えるより都合がよくなっていると思います。その点については、この世界を信用しているというか。風景を追っていると、「なんでこんなに都合のいい景色を俺に見せてくれるんだろう」ってことばっかりなんですよ。結局は、どちらもその世界に含まれているわけですよね。

それをわざわざしんどいほうを選択して、“世界はこうだよな”とは思いたくはないんです。自分は講師もやっていて子どもへの意識もあるのかもしれませんが、『旅する練習』くらいからは、子どももそういう世界であると思っていてほしいという感覚でいます。