現代ショートショートの第一人者と呼ばれる作家の田丸雅智氏が、“憂鬱な出来事”の裏に潜む秘密と、それをイヤイヤ暴く探偵の物語を9篇収録した『憂鬱探偵』(小社刊)を発売した。そこで、田丸雅智氏にショートショートを読むこと・書くことに対する思い、新刊にまつわるエピソードなどをインタビューした。
“ないけどありそう”な職業を考えるのが楽しい
――今回の作品『憂鬱探偵』ですが、探偵を主人公に据えた理由ってあるんでしょうか?
田丸 “探偵モノ”にするということよりも、“憂鬱ネタ”を扱おうというのが先だったんです。そもそもなぜそうなったかというと、あるメディアで、おもちゃクリエイターの高橋晋平さんと対談をしたときに「月曜日の憂鬱をやわらげる提案」をするという企画がありまして。「憂鬱なことも、空想の力があればとらえ方が変わり得ますよね」という話をしたんですね。
それを編集の内田さんが読んでくださっていて、打ち合わせで「憂鬱ネタを扱った作品は面白いんじゃないか」という話になったんです。で、そこから憂鬱ネタをどうやって扱おうかと考えたときに探偵を主人公にしたものを考えて、『憂鬱探偵』になりました。
――先に憂鬱があったんですね。今回書かれた憂鬱ネタは、日ごろから書き溜めてたものなんでしょうか? それとも書きながら思いついたものでしょうか?
田丸 気になったことやネタになりそうなことは、日ごろからメモを取ったりしているのですが、今回に関して言うと、編集の内田さんが日々思いついた憂鬱なことを「憂鬱採集」と題したファイルにまとめて、定期的に送ってくれたんです。Vol.9くらいまでありましたね。それを読ませてもらって、読みながら僕も思いつくこともあるので、それも書きためて全部合わせてから、お話に仕立てられそうなネタを絞っていった感じです。
――そのファイル、すごいですね…(笑)。そのなかから憂鬱ネタを選ぶときに大事にしたことはありますか?
田丸 憂鬱にも度合いがあるじゃないですか。気の持ちようくらいなものから、深刻なものまで。今回、深刻なものを取り上げるのは違うなと思ったので、選ばないようにしました。
『憂鬱探偵』では、読者の方が実世界で憂鬱な出来事に遭遇したとき、この作品を読む前は“ただただイヤな気持ちになるだけ”だったのが、読んだあとだと“『憂鬱探偵』に出てきたあれかな?”と考えて、少しでも気持ちがラクになるとうれしいなって。なので、憂鬱ネタのチョイスも深刻すぎず、というところを大事にしました。
――『憂鬱探偵』の依頼者にも、気の持ちようで心が晴れた人もいましたね。そのまま憂鬱な人もいましたが。
田丸 そのままの人も出したかったんです。一般的にはそういう人もいるだろうなと思ったことと、ご都合主義にだけはしたくなかったので。物語に入り込んでくださった方には、“もしかしたらあるかもな”と思ってくれたらうれしいです。
――憂鬱ネタから話を広げるときは、インスピレーションで書いたんでしょうか?
田丸 普段のショートショートだと、とりあえず書きためてから、あとで収録順を変えたりもするんですが、今回は1話1話が独立しながらも、全体にうっすらストーリーを入れているので、順番をしっかりと決めてから書きました。
「前回はデジタルな事象を扱ったから、次はフィジカルなことを扱おう」とか「動きが静かな話の次は、激しく動く話にしよう」とか。まず、おおよその方向性、テイストや結末を決めて、常に調整しながら書き上げていきました。
――お話の広げ方のことで気になったのですが、存在しない職業が出てきますよね。それを考えるのって楽しくないですか?
田丸 むちゃくちゃ楽しいです。楽しいですし、少し話はそれますが、この新しい職業を考えることって現実世界でも役に立つ行為だと個人的には思っています。というのが、今って職業がどんどんなくなって、どんどん生まれる時代じゃないですか。
存在しない職業を考えるのは、一見すると意味のなさそうなことに思えるかもしれませんけど、今はないだけで未来には本当に存在するかもしれないわけで、未来の職業を考えるいいトレーニングになったり、実際にそれを生み出すことにもつながっていったりするんじゃないかと考えています。なので、皆さんにもぜひいろいろと空想を広げてみていただきたいですね。
――「役に立つ」って気持ちで創作していくのはいいですね。
田丸 今回の収録作に登場する職業も、 読んでくださった方が“とはいえ、本当にあるかもな”“そのままの形ではないかもしれないけど、こういうのならあり得るかも?”と思ってくださって、あれこれ考えるきっかけになったらいいなと思っています。
たとえば、1話目に登場する「足踏み師」なんて職業は少なくとも今は存在しないわけですが、 “待てよ”って考えはじめて、「足のツボって甲側にはないのかな?」とか「現在はまだ開発されてない足の施術法があるかもしれない」って考えを進めていくと、本当に新しい概念や施術法が生まれるかもしれません。
もちろん生まれない可能性も十分にあるのですけど、 “かもしれない”って考えが芽生えると、見方が広がりますよね。そんなことの積み重ねで、社会はより明るくて、生きやすいものになるんじゃないかなっていうのが僕の考えであり、願いです。
――それはとてもいい考えですね。
田丸 もう1つ加えるなら、ショートショートってありえない話が多いんですが、そういうものに親しむうちに日常の見え方が変わるということも魅力なんですよ。常識とか思い込みに縛られなくなる、囚われなくなるんですね。それって創作活動においてもそうなのですが、応用する姿勢さえ持っていれば、実生活にも活かせるんです。僕自身、意識的に実生活に応用していろいろな活動を行っています。
そもそもショートショート自体に「常識という足枷を外す」という力があって、今回はそれを『憂鬱探偵』という形で表現した、という感じでしょうか。