NHK新人演芸大賞や上方漫才大賞など、大阪の賞レースで実績を残し、キングオブコントでも3年連続決勝進出という輝かしい実績を誇るニッポンの社長。今年の10月に開催される『キングオブコント2023』も決勝進出を果たし、優勝を見据えるニッポンの社長の辻は、熱狂的なタイガースファンとしても知られている。

ニュースクランチ編集部は、辻にタイガースについてのインタビューを実施! ちなみに、この取材をした9月はじめからタイガースは驚異的なペースで勝ち進め、なんとインタビュー公開前に、岡田監督の言うところの「アレ」、つまり優勝を果たしてしまった。

このインタビューは優勝前なので、辻さんは本当に一貫して「アレ」と表現していたことをお伝えしておきたい。

▲ニッポンの社長・辻【WANI BOOKS-NewsCrunch-Interview】

どうやったら他の球団のファンになんねん

――SNSでもあふれんばかりの阪神愛を見せ、先日は球団の公式で、タイガースを題材にした漫才でタイガースファンを笑わせるための大会「虎-1グランプリ」で優勝されましたね。そもそも、辻さんがタイガースファンになったキッカケってなんだったんでしょうか?

 出身は京都なんですけど、おとんも関西の人で、もう物心ついた頃からずっとテレビの前で「よっしゃ!」とか「何してんねん!」とか、いろいろ言うてたんですよ。だからもう、阪神ファンになるための環境は整ってましたね。

――なるほど。辻さんの弟さんもプロ野球選手として中日ドラゴンズに入団されるくらいの、野球一家だったんですよね。

 はい。ただ、僕は野球を“やる”より“見る”から入った感じですね。ルールもゲームで覚えました。『プロ野球キング』ってソフトがあったんですけど。

――ありましたね、64(NINTENDO64)で。

 インフィールドフライとか、わかりにくいルールもそれで覚えました、おとんに「これどういう意味なん?」って聞いたりして。

――実際に辻さんがタイガースのファンになったのって何年くらいですか?

 ちゃんと覚えてるのは1996年の後半からとかですかね。平塚(克洋)選手とかがクリーンナップ打ってましたね。あとは桧山(進次郎)さんとか新庄(剛志)さんとか。あまり固定した4番というか、これぞ4番!って感じの選手はいなかったですよね。たぶん藤田平さんが監督やってたと思うんですけど、その記憶はなくて、次の年の吉田義男さんのイメージが強いです。

――1997年はグリーンウェル選手が来た年ですね。

 ああ~(笑)。

――で、1998年にドラゴンズと、関川(浩一)選手、久慈(照嘉)選手と大豊(泰昭)選手、矢野(燿大)選手のトレードがあって。

 関川さん好きやったんで、ショックでしたね。

――わかります。

 「関川選手って毎年3割近く打ってるのに、なんで規定打席に届かないんやろ? なんで使わへんの?」って子供心に思ってましたね。ほんなら、案の定ドラゴンズに行ったらベストナインを取ってる。そこで気づくんです、「阪神から出たら途端に活躍する人、多ない?」って。

――たしかに(笑)、『行け!稲中卓球部』でも、タイムマシーンの使い方で「阪神に野田(浩司)と(トーマス)オマリー出すなって言え」みたいなコマありましたね。あとは近鉄に行った北川(博敏)選手とか。

※タイガースからバファローズへトレードで移籍。2001年に代打逆転サヨナラ満塁優勝決定本塁打を放つ。

 そうそう、悔しいんですよね。

――辻さんが好きになった頃って、タイガースが本当に弱い時代ですよね。

 そうですね、めっちゃ弱かったです(笑)。

――でもタイガースが好きだったんですね。

 なんでしょうね、理由はなかったんですよ。なんかもう知らん間に応援してる、染み付いているものって感じですね。住んでるのが京都やったんですけど、関西やったんで、弱くても中継はあるんですよ、KBS京都とかでやってましたね。当時は関東とかはゴールデンで巨人戦の中継やってる時代でしたけど、関西ではたま~に、くらい。だから逆に、この環境でどうやって他の球団のファンになんねんって思ってました。

――あはははは(笑)。

 阪神以外、見られへんやん、みたいな。