締め切りがなくなる作家になりたい

最新作『君が手にするはずだった黄金について』は、これまでの作品のなかでも小川自身に近しい視点で書かれている。このテーマで書こうと思ったきっかけについて聞いてみた。

「この本を書いたのは、ちょうど『地図と拳』を書いたあとでしたね。『地図と拳』では資料をたくさん読み込んで戦時中の日本の話を書いていたので、次に書く短編は何も調べなくていい、より自分に近い話を書こうと思いました。一方で戦時中の話を書いて、もう一方でもそれに近い話を書いていると、ごちゃごちゃになるので……お互いがジャマをしないものを書こう、くらいの気持ちで書き始めました」

今作は物語として面白いのはもちろん、情報量の多さもあり、小川の人生におじゃまさせてもらったような感覚を覚える。【プロローグ】以外の話も、それぞれ違ったアプローチで書かれているので、小説家を目指している人には読んでほしいと思えた。

「僕は書くときに“その作品が到達できる地点”みたいなのがあるんですよ。その地点の一番近くまで到達できたと思えたのが、今回では【プロローグ】です。作品として自信があるかと言われるとまた違うんですけど、こういったジャンルの短編を書くうえで、僕ができることを最大限に出せていると思います」

ここで、出版業界に身を置く人間にとってわかりやすい土壇場。「締め切り」について聞いてみた。

「締め切りはイヤですよ。僕の野望は締め切りがなくなることですね(笑)。締め切りって、僕たちが原稿料をもらわないと生活できないからあるものなんですよ。だから、村上春樹さんとかにはないんです。自分が書けたら出版社に渡す、となるわけですよ。誰も春樹さんに“〇月〇日までに原稿くださいね”とか言わないじゃないですか。業界のトップランナーくらい売れないと許されないことですが、僕もそうなりたいです(笑)。もちろん、トップランナーには僕に想像できないような苦労があるかもしれないのですが

▲春樹さんみたいな立場になりたいですね

作家って“しゃべり”が上手なんですよ

理屈の通っていないことが気になる、と最初に話してくれた小川。だが、書くことについては、自分の中で納得できるものであれば、編集者や他人の意見も受け入れられるという。書き手として常に研鑽して、自分のなかで理屈を通す。だからこそ、テーマや内容が多少難しくても、彼の文章は読みやすいのかもしれない。

「納得できるものは受け入れるし、“そうじゃないんだけどな”と思いながらも、なんとなく従って修正することもあります。編集者も自分の本を読んでくれた一人なので、読者の意見として“そっちがいいな”と思ったら直すし、“いや、こっちのほうがいいんじゃない?”って説得できるならそうします。“どちらでもいいかな”という箇所なら、相手の意見を採用します。それで思ってもない仕上がりになると、自分の中で気づきを得られることがあるので。

こういう意見が出るってことは、ここが伝わっていないんだなっていうのがわかるからいいですね。編集者に伝わっていないものは、僕が書いた原稿に問題があるので、書き直さないといけないなと思います」

取材やメディア出演も多い小川だが、今春からはラジオパーソナリティを務めている。インタビュー中も話のうまさを感じるが、ラジオパーソナリティもそつなくこなしているようだ。

「作家は自分が考えていることを言葉にするのが仕事ですからね。僕の知っている範囲だと、同業者は“しゃべり”が上手な人が多い印象です。人見知りの人や人前に出て話すのが苦手な人も多いのですが、しゃべってみるとみんな面白いんですよ。作家って、必要な情報を必要なところに挟めるんですよね。だからエピソードトークも面白い。

作家業以外に受ける仕事は二通りしかありません。まず一つは、僕に負担がない仕事。本業をジャマしない程度の仕事ですね。もう一つは、僕の本が売れる可能性がある仕事。これらのどちらかに当てはまれば受けるようにしています。

ラジオは負担の少ない仕事の一つです。作家という仕事について、よく知っている人たちと一緒にできているのが大きいですね。収録の前にゲストの方の本を読むのですが、ディレクターが面白い本を書いている作家を選んでくれているので、すごく刺激になります」

小説を書いてきた時間よりも読んできた時間のほうが長いこともあり、今でも本が好きだという小川。キツかった時期についても明るくカラッと話す様子に、土壇場を土壇場と感じさせない強さが感じられた。次はどんな物事と小説を結びつけてくれるのだろうか。

(取材:萌映)


プロフィール
 
小川 哲(オガワ・サトシ)
1986年、千葉県生まれ。東京大学大学院総合文化研究科博士課程退学。2015年、「ユートロニカのこちら側」で第3回ハヤカワSFコンテスト〈大賞〉を受賞しデビュー。2017年刊行の『ゲームの王国』で第31回山本周五郎賞、第38回日本SF大賞を受賞。2019年刊行の短篇集『嘘と正典』は第162回直木三十五賞候補となった。2022年刊行の『地図と拳』で第13回山田風太郎賞、第168回直木三十五賞を受賞。同年刊行の『君のクイズ』は第76回日本推理作家協会賞〈長編および連作短編集部門〉を受賞している。