「現在価値」で分析すると見えてくる数字の損得

ここからは契約の「カラクリ」を解説しておきましょう。少しテクニカルな話にはなりますが、お金には「現在価値」という概念があります。たとえば、「今現在の1万円は5年後の1万円より価値が高い」とされて、なぜなら「今から1万円を5年間投資をすれば、1万円以上に増やせる」からです。

発想を逆転させると、「5年後の1万円は今から9XXX円を投資すれば獲得できる」。すなわち「この9XXX円が5年後の1万円の“現在価値”」となります。

The Athleticの報道によると、今回の契約は「契約期間中には2,000万ドル、残り6億8,000万ドルは10年後以降10年間かけて支払い」であるため、平均年俸は【A. 契約期間中の実支払年俸(200万ドル)】+【B. 後払い金額分を現在価値に割り戻した金額(10年後の6,800万ドルの現在価値)】となります。

B.の現在価値を計算する際、投資のリターン利率を4.45%としています(なぜこの数値が採用されたのかは不詳ながら、選手会が公表している労使協定上では、リターン利率が契約上明記されてない場合は米国のMid-Term Annual AFRを採用としており、当該率は足元5%弱であり一般論と大きく乖離はしていません)。

今から4,400万ドルを4.45%利率で運用をすれば10年後に6,800万ドルになる、という計算になり、B.の現在価値が4,400万ドルとなります。つまり、実額の年俸7,000万ドルに対し、理論上の年俸、すなわち贅沢税の計算でも使用される年俸、はA. 200万ドル+B. 4,400万ドル=4,600万ドルとなり、3割強も減ります。

そして前述の戦力均衡の点についても触れておきましょう。今回、大谷選手の理論上の年俸が4,600万ドルとなりましたが、他のスーパースターの年俸(史上最高年俸はマックス・シャーザー選手の4,333万ドル、野手史上最高年俸はアーロン・ジャッジ選手の4,000万ドル)とあまり乖離がないため、「大谷翔平という最高峰のレベルの戦力を割安で獲得できたドジャースへのアドバンテージが強すぎるのでは」と報道初期の段階ではメディアやファンに議論の対象として挙げられています。

筆者個人としては、もちろん大谷選手の戦力や、大谷選手がもたらす集客・マーケティング力を踏まえると相当割安ではあるものの「戦力均衡を崩すレベルではない」と考えます。

初期に報道された年俸7,000万ドルと数日後に報道された理論上の年俸4,600万ドルの乖離があまりにもインパクトが強すぎて、圧倒的に割安のような印象を受けざるを得ないものの、オフシーズン前の市場予想年俸5,000万ドル台とはそこまで大きくかけ離れていない数字となりました。おそらく移籍発表と同時に詳細がすべて明らかになっていれば、あまり物議を醸すことはなかったのではと推察します。

しかし、今回の類を見ない契約は、労使協定には後払いの制限がされていなかったがゆえに実現しており、これだけの後払い、そしてそれがもたらす年俸削減効果は選手会および球団オーナーにとって想定外のことであり、労使契約の抜け穴が露呈されたとも言えるでしょう。

繰り返しになりますが、大谷選手が「お金は二の次」としているからこそ可能な契約であり、今後、多くの選手がマネをするトレンドとは思えません。また、当該の抜け穴を修正する動きは今後見られることになるでしょう。

ただ、すべてはチームの勝利のためであり、大谷選手が望んだ“後払い”がもたらすメガメリットは計り知れないインパクトがあります。かの野茂英雄選手が日本球界を任意引退し、メジャーに挑んだ経緯を思い浮かべた方も多いのではないでしょうか。奇しくも同じドジャースに入団ということに運命を感じますし、日本人選手によって、またまた新たな歴史が刻まれたことは誇らしく感じます。

いろいろとテクニカルなお話をしましたが、MLBの仕組みの理解への一助として役立てば幸いです。このように、どうしてもお金の話に話題が集中していますが、大谷選手の目はすでに来シーズン、そしてワールドシリーズ制覇に向かっていることでしょう。これからもさらなる活躍から目が離せません!