目の前に10億を積まれても「1回断る」
初めて手がけた食玩から、アニメやゲーム、小説や漫画などにおいて、ストーリーづくりを仕事の中心にしてきたが、自分自身と仕事の関わり方についても、ストーリーを大切にしてきたという。
「ストーリーは作品に限らず、営業でも企画のプレゼンでも商品でも必要なことだと思っていて。例えば、ZIPPOというライターには、兵隊さんがポケットに入れてて敵の撃った弾があたって命拾いした……っていうようなストーリーがありますよね。これはライターの機能とは関係ない。でも、このストーリーがあることで、ZIPPOは輝く。
キャラクターは生み出した段階では単なる記号です。そこにストーリーが入った瞬間に、突然キラキラと輝きだし、他のキャラクターと差別化される」
これを自身に当てはめるというのはどういうことか。
「企画屋としての僕は、いろんなプロデューサーの方が見つけてくださることで仕事ができます。そうした全てのプロデューサーとの出会いを、まずストーリーだと考えています。だから、必ず一度は断るんです。
例えば、目の前に10億を積まれても1回断る。そのほうが面白いので(笑)。その10億をフイにするっていうのもストーリーですから。そういう自分の人生のストーリーが楽しいんです」
自分の人生も、ちょっと突き放してストーリーとしてみる。その人生最大の山場のひとつは2010年、自己破産の一歩手前までいったという。
「スタッフに書類を揃えさせて、“これもまた俺のストーリーだよな、地元にでも帰ろうかな”と思っていたところに、知人から台湾に誘われたんです。“中国屈指の実業家が広井王子と仕事したいと言ってるから”って。渋ってたら、“カニ食わせてくれるらしいぞ”と(笑)。
それで、行きはしたんですが、例によって仕事は断りました。破産するつもりだったし。しばらくしたら、その大富豪が“いくらならやる?”って聞いてきたので、ふざけて“いっぱい!”って答えたら……なんと白紙の小切手が送られてきたんです。
破産するつもりは変わらなかったし、信用できなかったんで、一応、必要な金額を書き込んで、“いついつまでに半金入れて”って言うと、ちゃんと着金していて。もう契約するしかないですよね(笑)」
破産を免れ、その後、5年間にわたり台湾で仕事をした。2年後に、あらためて大富豪に会った際、白紙の小切手を話題に挙げたら「安かったんでビックリした」と言われた……というホントのストーリー。
「彼に会って僕の価値観は一変しました。それまで家庭生活を顧みるということを一切してこなかったんですが、彼のお嫁さんに対する対応がステキだったんです。海外ってパーティーなどに妻を同席させますよね。“ああ、いいなあ”と思って、それで結婚したのが一番大きな変化ですかね」
2016年、26歳年下の女性と結婚。あまり好みではないフレンチなどを食すこともするようになった、口直しにカップ麺を食べているそうだが。
あともうひとつ、落語にまつわるストーリー。幼い頃から親しんできたが、生粋の江戸っ子のため、上方落語については何も知らなかった。むしろ知らないようにしていた。でもあるとき、勉強したくなり、知人に相談したら、紹介されたのが吉本興業の前会長の大﨑洋だった。
「いきなりラスボス(笑)。軽いところから行かしてくれないかなと思ったんですが、大﨑さんが上方落語のDVDを段ボール箱で送ってくださって……。その後、いま僕がやっている『少女歌劇団ミモザーヌ』へとつながるんです」
幼い頃から憧れ、かつて日本の芸能界で一時代を築いた少女歌劇を現代にアップデートし、総合演出を務める。じつは、これも1回断っているそう。この件で、ほぼ毎週末、大阪に出向いている。さらには、先ほどチラッと話に出たNFTのゲーム『東京大戦』。これは戦後の日本の暗部を描く意欲作になりそうだ。
70歳。最前線でバリバリ現役。広井王子はマルチにクリエイトし続けている。
(取材:武田 篤典)