圧倒的な熱量を帯びた新山と冷静沈着な石井が掛け合う漫才が魅力的な、お笑いコンビ・さや香。『M-1グランプリ』では一昨年の準優勝、昨年は3位と漫才師としてひとつの結果を残した彼らは今年4月、大阪から東京へ活動拠点を移して新たなスタートを切った。上京して数日のタイミングでの取材。
コロナ禍を経てライブの配信、TVerやYouTubeなど、さまざまな活動を全国どこにいてもオンラインで発信できるようになった現在において、上京を決意した真意はどんなところにあったのだろうか。
※本記事は『+act.(プラスアクト)2024年6月号』(ワニブックス:刊)より、一部を抜粋編集したものです。
今、あえて上京を選んだ理由とは?
――上京はいつくらいから考えられていたんですか?
新山:ゆくゆくは、とはずっと思っていて。確実に思ったのは、一昨年の『M-1』決勝が決まったときくらいですかね。昨年の『M-1』決勝で最終決戦まで行ったら東京に行こうと思ってたんですけど、1年やってみて決勝に行けた段階でもうええかなって。最終決戦に行かれへんかったとして、また翌年も(同じ環境で)頑張るのは難しそうやなと思ったので。昨年の夏くらいに1回、東京へ行きたいって石井に伝えたときに了解みたいな雰囲気もありましたし。
石井:僕はどっちでもよかったんですけど、行くんやったら、そろそろやろうなと思ってました。言われたときも、(上京する)タイミングではあると思ったので行くつもりでいて、あとはどっちでもくらいの感じで。だから、僕もなんとなく考えてたって感じですね。
――オンラインでライブを見てもらえるようになったり、YouTubeとかラジオアプリとかツールも増えたじゃないですか。大阪にいても全国の方に知ってもらう媒体が増えている今、なぜ上京だったんですか。
新山:いや、僕もそう思ってたんです。今はTVerもあるし、ネットとかもあるから、活動する場所はあんまり関係ないんちゃうかなって。でも、まだ関係があるというか、そこが関係なくなるのは、もうちょっと先な気がするんですよね。
僕ら、大阪でニュース番組とかもやらせてもらってたんですけど、(共演者の)金子恵美さんとか作家の今村(翔吾)先生は東京に帰っていくんです。「今度、何か一緒にしましょう」とか「こんな仕事どうですか」とか喋ってても、距離が遠い。やっぱり近くにいるほうがいいんじゃないかなと思いましたし、東京のほうがいろんな仕事上のつながりができそうやなって。
石井:ほんまにそう思います。たしかに、どこにおってもっていうふうにはなってきてるんでしょうけど、1回、東京に行って経験してみてからじゃないと、ほんまにそうかはわからへん。だから1回行ってみようっていう感覚です。
新山:仕事の幅を広げるならば、やっぱり東京なんかなって。いろんな人に会える機会も増えるかなということです。まぁ、一昨年『M-1』準優勝してから、(よしもと)漫才劇場の寄席とか他のライブでも香盤でトリに近い出番が増えたので、そこに対する責任感みたいなのは昨年の……序盤はあったかなとは思います。ただ、途中からは『M-1』に集中してたので、責任を全部無視して突き進んでいましたけど。
石井:準優勝したことで見てもらい方とか映り方は、それまでとはちょっと変わりましたしね。けど、プレッシャーではなく、どっちかっていうと漫才がやりやすくなってたんかなと。いい感じでできるようになってありがたいなと思ってました。
新山:あと、ジャルジャルさんとか天竺鼠さんが『キングオブコント』決勝に行ったあと、大阪のエースだとか西のエースとか言われてて。それ、カッコイイじゃないですか。僕らも今年、MBSのお正月番組で大阪吉本のエースって初めて言われて。もう1年くらいそう呼んでもらいたかったっていう気持ちはありましたけど、上京を選びました。
見せ算を『M-1』の最終決戦でやるのがオモロい
――昨年上京したロングコートダディさんのように、無所属という選択肢もあったと思うんですが、∞ホールに所属を決めたのは?
新山:最初は所属することについてあんまり考えてなかったんですけど、蛙亭のイワクラから「∞に入ってくれ」っていうLINEが来て。「なんで?」って聞いたら「楽しそうだから」って返ってきたんです。そこからオズワルドの伊藤とか、いろんな人に聞いたら、劇場に所属しててもいろんな仕事ができると。遜色ないと言われたし、体験したい気持ちもあったので所属を決めました。
石井:入ったら入ったで、横のつながりとかもできそうで楽しみですけどね。
新山:この前、ネルソンズの青山さんと飲みに行かせてもらって「次のリーダー任せるわ」と言っていただきました。ゆにばーすの川瀬さんとかは“入ってくんな”って感じですけど、ちゃんと話し合って全て良い方向に進めていけたら。せっかく所属したからには、そこでも頑張りたいなという気持ちです。
――『M-1』でいえば、2017年に初めて決勝に行かれて。そこから一昨年までは、ただ見ているだけの印象に過ぎないですけれど、漫才の今後の展開について模索しているのかなと。苦しんでいるのかなと感じていました。
新山:苦しい……っていう感じやったんかな? 軽く見られがちというか、ワーキャー路線に見られがちなので、そこに対して思うことはありましたけど、決勝には4年行かれへんかったとはいえ、大阪では仕事もあったんで。けど、3年くらい準々決勝で負けてムカついてきたっていうか。
1回若いころにポンと決勝に行って、(そういう結果だと)周りから落ち目みたいな見られ方もするじゃないですか。過去になってるというか。その辺のムカつき具合はたまっていった感じでした。このままやっても“らちあかんな”と思って、ボケとツッコミを替えて。
石井:まぁ、1回決勝行ってるし、そのうちまた行くやろうと思ってたんで。ボケとツッコミを入れ替えたりもしましたけど、仕事ももらえていたので焦りはなかったです。
新山:2021年の「敗者復活戦」でやった唐揚げのネタと、昨年決勝でやった見せ算は自分的に系統が一緒なんですけど、そもそも僕はいろいろと試すのが好き。ウケるかどうかわからんラインのネタをやりたいタイプなんです。例えば、唐揚げってひらがなで4文字やってずっと言うネタとか、思っててもやらんネタやと思うから、ウケへんことに対して抵抗はなかったですし。
――石井さんとしては気にならないですか? 新山さんのやりたいことだとして、もちろん石井さんはそれも理解しているとはいえ、ネタを作っている新山さんより俯瞰で見たときに、何か感じていたこともあったんじゃないかなと思うんですが。
石井:お客さんにウケるかどうかはもちろん気になります。けど、そこが気になる以前に、見せ算を『M-1』の最終決戦でやるなんてなかなかできへんなと。それをやっていることのほうが余裕でおもろいというか、(新山は)本気でやろうとするから、そこに素直に乗っかったほうがおもろそうやなという感じでしたね。
新山:(そこに関して)僕としては、2022年の正統派みたいなイメージを崩さなあかんなとも思ってました。このままいくと、こぢんまりするというか、変に真面目で硬そうに見えるのも面白くないかなと思ったので、見せ算をやるということを先に決めた。
見せ算があったから、(決勝のファーストラウンドで披露した)ホームステイのネタができた。やりたいネタを決めてなかったら、あそこまでの熱量は生まれなかったので、見せ算がホームステイを作ってくれたところもありますね。
石井:まぁ、ボケとツッコミが変わるのは、だいぶイヤでしたけどね、最初は。意味わからんとは思いましたけど、何か言って意見を変える人ではないし、結局、3回決勝に行ってますからね。変えたほうがいいんやろうなという感覚でやっていました。