社会の闇と呼ばれるアンダーグラウンドを25年以上も取材し続けてきた男・村田らむ。そんな彼が取材中にひときわ恐怖を感じたのは【動物にまつわる話】だった。身近だったはずの動物たちと人間が織成す獣怖話をお届けする。

※本記事は、村田らむ:著『獣怖 動物たちが織成す狂氣の物語』(竹書房:刊)より一部を抜粋編集したものです。

『埼玉愛犬家殺人事件』の現場で見たモノ

古い知り合いから聞いた話だ。

『埼玉愛犬家殺人事件』という有名な殺人事件がある。

埼玉県にあった犬の繁殖販売をしていた男女が、トラブルになった人たちを硝酸ストリキニーネで毒殺した。

「子犬を高額で引き取る」

と約束して犬を売りつけるのだが、実際に売りにきたら値切る。それで揉めたら殺してしまう、というかなりヤバい殺人夫婦だ。

死体は自宅の風呂場で解体し、骨をドラム缶で焼却して遺棄した。かなり丁寧に死体を消したため、警察は犯人を逮捕するのに苦労したといわれている。河川や山林を大規模捜査して、遺骨や遺留品をなんとか見つけた。殺人事件として起訴するにはかなり厳しいという見方もあったといわれている。

 

1994年に男女の被疑者は逮捕され、2005年に死刑が確定している。最終的には二人で、お互いに相手が主犯だと押しつけあった。

事件の現場になった建物は現在でも残されている。二億円かけて建てられたといわれていて、かなり立派だ。看板は取り外されているが、中身はほぼそのまま。檻がいくつも重ねられていたり、錆びついた冷蔵庫が放置されたりしている。ガラスには当時繁殖していたアラスカン・マラミュートのステッカーが貼ってあった。

 

ただ、どこを探しても死体を解体したといわれる風呂場は見つからなかった。警察が取り外して、持ち帰って化学分析したのかもしれない。

犬舎には画鋲で紙が貼られていた。

『もう一度点検
1、犬舎の鍵忘れるな
1、犬舎はくさくないか? ゴミはないか?
1、犬に変わりはないか? 汚れてないか?
1、かゆがらないか? 目ヤニはないか?
1、食器忘れるな ゴミを出せ
1、今日のことは、今日すぐやれ』

とてもしっかりしている言葉である。

人間は何人も殺したのに、犬にはとても優しい。

建物の敷地内には鉄骨が置かれていた。

 

誰が置いたのだろう? と思っていたら、老爺に話しかけられた。対面に住んでいる人らしい。

「どうせ戻ってこないから、うちの仕事の資材とか置かせてもらってるんだよ」

そう言いながらゲラゲラと笑った。

当時の様子を聞いてみる。

「なかなか羽振りがいいみたいで、よくパーティーとかやってたよ。あれ、あの人がきてた。

怪談の。○○○○!!」

と語ってくれた。

近所の人は、みんな知っていた

その後、よくいくバーで飲んでいるときにこの話をしていた。

古くからの知り合いの編集者がたまたまきていた。ちょっと変わり種の編集者で、大柄で髪の毛はドレッドヘア。活動的で性格も明るい人だ。

「あ、俺いってたよ、その現場」

「え? いってたって、なんでですか? 当時はまだ若いですよね」

「若いよ。アルバイトしてたのよ。肉屋で」

「え? 肉屋?」

「当時は、敷地内にライオンを飼ってたんだよ。そのライオンの餌の肉をバイクで配達していたわけ」

バブル時期とはいえ、ライオンを飼うとはすごい。ただライオンを飼ったり、新しい建物を建てたりして、金銭苦になってしまったようだ。

 

「すげえ注意されてたよ。肉屋の店長から。『あそこの人たちは、人殺してるから気をつけろ』って。近所の人たちはみんな殺人が行われているの知ってたみたいよ。自分たちは関わらないようにしてたけど」

殺人が行われていることを知りつつも、日常が流れていく。世の中はそんなもんなのかと絶望した。