古典派音楽を生んだ3人の天才

18世紀中ごろから19世紀はじめにかけて、ウィーンではハプスブルク家の宮廷で華やかな社交生活が繰り広げられた。そこで活躍したのがフランツ・ヨーゼフ・ハイドン(1732〜1809年)、ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト(1756〜1791年)、ルードヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン(1770〜1827年)らであり、彼らの形式が古典派音楽と呼ばれることになった。

▲ルードヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン イメージ:PIXTA

ハイドンは、ハンガリーの大貴族に長く仕え、のちにウィーンやロンドンなどでも活躍した。とくに交響曲や弦楽四重奏の形式を確立したとされる。100曲を超える交響曲を作曲したが、私が1曲だけ選ぶなら『交響曲88番“V字”』だ。

ほかに『驚愕』『軍隊』『時計』『ロンドン』などがある。宗教曲にもすぐれ『天地創造』は、あらゆるオラトリオのなかの最高傑作だ。弦楽四重奏『皇帝』の旋律はドイツ国歌に採用されている。

ザルツブルク生まれのモーツァルトは、神童としてヨーロッパ中で大ブームを巻き起こし、大人になっても成長を続け、天才という言葉はこの人のためにあるというべきだ。ロココの軽やかな響きのなかから、思いもしない深い感動が浮かび上がる。

『フィガロの結婚』などのオペラもあるが、演奏家としてはすばらしいピアニストだった。27曲あるピアノ協奏曲はいずれもすばらしいが、ひとつだけなら天国的な『23番』を選ぶ。ピアノ・ソナタでは『トルコ行進曲』を含む『11番』を取る。

交響曲は41番まであるが、とくに最後の『40番ト短調』と『41番ジュピター』が充実している。管楽器のための曲も多いが、パリで作曲された『フルートとハープのための協奏曲』『ホルン協奏曲』のほか、『クラリネット五重奏』はこれらの楽器のための曲として最高峰だ。

死の直前まで書き続けて未完成に終わった『レクイエム』は、ナポレオン・ボナパルトの遺骸がパリ帰還したときなど、多くの偉人たちのためのミサで演奏されてきた。

▲教会でのミサ イメージ:PIXTA

ボンで生まれたベートーヴェンは、革命の時代にふさわしい壮大で英雄的な曲を書いたが、晩年は聴力を失った。最も才能が表されたのは交響曲で『第3番“英雄”』『第5番“運命”』『第6番“田園”』『第7番』『第9番“合唱”』は、とくに人気が高い。

あとは、それぞれの分野で1曲ずつ選ぶと『ピアノ協奏曲第5番皇帝』『ヴァイオリン協奏曲』。ピアノソナタは最後の『第32番』か。ヴァイオリン・ソナタでは『クロイツェル』、それに『ピアノ三重奏“大公”』『弦楽四重奏曲第15番』が室内楽の名品だ。

※本記事は、八幡和郎:著『365日でわかる世界史』(清談社Publico:刊)より一部を抜粋編集したものです。