化学・物理・地学といった理科が苦手。とくに元素記号は見るだけでも……なんて方もいるだろうか。しかし元素は受験教科や授業だけのものではない。地球上のあらゆる物質、わたしたち人間さえも元素からできている。人類がつくった最も古い人工材料の一つであるガラス。化学者は、世界最古級のガラス容器の化学組成分析を行い、メソポタミアのガラスとの類似性から起源を探る。
※本記事は、中井泉:著『元素は語る』(ワニブックス:刊)より一部を抜粋編集したものです。
蛍光X線で貴重な遺物や資料を壊さずに分析
ガラスは人類がつくった、もっとも古い人工材料のひとつで、その起源は紀元前2000年頃のメソポタミア地方まで遡ることができます。
そして驚くべきことに、メソポタミアで生まれたソーダ石灰ガラスの基本化学組成は、現在に至る約4000年ものあいだ、ほとんど変わっていません。
2010年、中近東文化センターのアナトリア考古学研究所(大村幸弘所長)が、発掘しているトルコのビュクリュカレ遺跡の紀元前16世紀の地層から、世界最古級のガラス容器が発見されました。
物質に直接問いかけて正しい声を聞くために、ガラス容器の化学組成分析を行ったところ、そのガラス瓶は、美しい青や黄色の装飾が見られ、メソポタミアの技術でつくられたソーダ石灰ガラス製のコアガラス容器だとわかります。
コアガラスとは、金属棒の先に耐火粘土などでコア(核)をつくり、溶かしたガラスでコアを覆って整形し、徐々に温度を下げていき、中のコアを掻き出して仕上げるというガラス製品の製法のひとつです。
このとき考古学者は、詳細な観察から本資料がコアガラスの技法で作られ、その形式でメソポタミアとの関連を着想しました。いっぽうで化学者は、化学分析によって組成を明らかにし、すでに報告されているメソポタミアのガラスとの類似性からその起源を提案しています。
紀元前16世紀という年代は、ガラス器が出土した層から出土した炭化物の「C14年代測定」によって、化学系の研究者が明らかにしたものです。
その資料がどんな元素を原料にしているのかなど、貴重な遺物を分析する場合、もっとも重要なことのひとつに「非破壊」が挙げられます。世界的に、人類史的にも重要な資料を物理的に破壊してしまっては、後世に実物を残していけません。つまり、化学組成分析は「非破壊」で行う必要があるわけです。
そこで用いられるのが、試料にX線を照射する手法です。発生する蛍光X線を使って分析する蛍光X線分析法と呼ばれるものです。
ただし、先のビュクリュカレ遺跡から出土したガラス容器など、海外の出土試料を日本へ持ち帰って分析するには、厳しい規制があります。このとき活躍するのが、高性能のポータブル分析装置です。
実際、前出のトルコでの分析は、現地の発掘調査隊のあるアナトリア考古学研究所で行われたものです。考古学者と化学者の協力があって初めて世界的発見が実現したというわけです。
アルカリ元素はガラスを作るために不可欠
ところで、古代ガラスはどうやってつくられたのでしょう?
古代の西アジアで広く見られるガラスは、ソーダ石灰ガラスです。その原料は、ソーダ(炭酸ナトリウム)と石灰(炭酸カルシウム)とシリカ(石英)を混ぜて融かしたもの。主成分はシリカで70%程度含まれており、その原料にはケイ石、砂漠や地中海の砂などが使われています。カルシウム分は、砂に混ざっている石灰石や貝殻から得ています。
なお、シリカは融点が1650℃以上と高温のため、ナトリウムやカリウムといったアルカリ元素が融点を下げる融剤として不可欠な役割を果たしています。
古代、アルカリ原料として使われたのはナトロンです。エジプトの北方にあるワーディ・ナトルーンという塩湖で採取される炭酸ナトリウムの結晶をナトロンといい、ソーダ源として使われていたのです。
また、カリウムやナトリウムを多く含む植物を燃やした灰も、アルカリ原料として使われています。植物の灰に水を加えて溶け出したものを灰汁といい、煮詰めるとアルカリ原料となるのです。