KADOKAWAグループが大規模なサイバー攻撃を受け、多数の個人情報や機密情報が外部に流出したニュースは衝撃的だった。デジタル情報の安全性について改めて考えさせられた今回の事件。歴史を振り返ると、情報を守ることの重要性は、古代から認識されていました。
現代のデータセキュリティ対策とは少し離れますが、過去の先人たちも、情報の漏洩を防ぐための工夫を凝らしていたのです。今回の記事では、情報漏洩を防ぐために考え出された古代中国とヨーロッパの知恵をいくつか紹介したいと思います。
古代中国の知恵:「陰符」と「陰書」
古代中国では、機密情報を守るために「陰符」という特殊な暗号方法を使っていました。
木や竹で作られた細長い板(木簡や竹簡)の長さに意味を持たせて、メッセージを伝えるというユニークな方法です。見た目は普通の物体なので、第三者には内容がわからないという仕組みです。
例えば、
- 一尺(約30cm)の長さの木簡は「敵に大勝利する」という意味
- 九寸(約27cm)の長さの木簡は「敵の軍隊を打ち破り、敵将を倒す」という意味
この方法の優れた点は、木簡や竹簡に文字を書く必要がないことでした。たとえ敵に奪われても、一見しただけでは単なる木や竹の板にしか見えません。そのため情報が漏れる心配がほとんどありませんでした。
しかし、陰符で伝えられるメッセ―ジは、短いというデメリットがあります。そのため細かい内容を伝えるために「陰書」が生み出されました。
陰書の仕組みは以下の通りです。
- 通常、縦書きで書かれる漢文を、横向きの木簡に書きます。
- その木簡を3つに分割します。
- 分割された木簡を別々に送ります。
この方法の利点は、もし敵が1つか2つの木簡を手に入れたとしても、全体のメッセージを完全に理解することができない点にあります。全ての木簡が揃って初めて、メッセージの全容を読み取ることができるからです。
漫画『キングダム』の舞台である春秋戦国時代(紀元前475年〜紀元前221年)に、陰書はすでに存在していたとされ、そのあとに続く三国志の時代(220年〜280年)にも広く使用されていました。
古代中国の戦場では陰符や陰書が飛び交い、暗号を用いた騙し合いなど、高度な情報戦が展開されていたのです。
欧州の暗号技術:「シーザー暗号」と「カルダングリル」
ヨーロッパで有名な暗号として「シーザー暗号」があります。アルファベットを何文字かズラす方法で、古代ローマの英雄であるユリウス・カエサル(シーザー)が使用したことから、この名称がついています。
カエサルは3文字ズラす方法を採用していました。
具体的には以下の通りです。
- 「A」は「D」
- 「B」は「E」
- 「C」は「F」
というように、アルファベットを3つ後ろにズラして置き換えていきます。
「HELLO」という単語を暗号化する場合は、
- H→K
- E→H
- L→O
- L→O
- O→R
こうして「HELLO」は「KHOOR」という暗号文になります。この方法を使えば、一見すると意味のわからない文章を作ることができ、秘密のメッセージをやり取りすることができます。
さらに、情報をより安全に守るために、カエサルは別の工夫もしていました。他国へ遠征に出かけたときには、アルファベットではなくギリシア語によるシーザー暗号で連絡を取っていたそうです。
複数の方法を組み合わせることで、セキュリティーのレベルを上げ、情報が敵に解読されることを防いでいたのです。シーザー暗号の原理は単純かもしれませんが、当時としては効果的な通信方法として機能しました。
16世紀になると、イタリアの学者ジェロラモ・カルダーノが「カルダングリル」という暗号方法を編み出します。
普通の手紙や文書に見えるものに、秘密のメッセージを隠す方法です。「ステガノグラフィー」という技法に属します。
カルダングリルの仕組みは、以下のようになっています。
- 特定の場所に穴が開いたカードを用意します。このカードが「グリル」です。
- 秘密のメッセージを書くときは、このカードを紙の上に置き、穴の開いた部分にだけ文字を書きます。
- そのあとカードを取り除いて、残りの空白部分を普通の文章で埋めます。これで一見すると普通の手紙のように見えます。
- メッセージを読む人は、同じカードを手紙の上に重ねます。すると、穴から見える文字だけを読むことで、隠されたメッセージを理解できます。
たとえば「今日は良い天気です」という普通の文章に、「明日攻撃」という秘密のメッセージを隠すことができます。
この方法の優れた点は、暗号文全体が自然な文章になっているため、第三者が見ても暗号だとは気づかれないことです。
カルダングリルは、当時としてはとても効果的な暗号方法でした。現代の複雑な暗号と比べると単純かもしれませんが、敵に情報を見せながらも、大事なメッセージを隠せるという点で画期的なアイデアだったと言えるでしょう。