両者の暴力がエスカレートしていった背景
デモ隊の若者の気持ちを少し擁護すると、8月11日に銅鑼湾のデモで、デモ内にデモ隊のふりをして紛れ込んでいる私服警官の存在が発覚していました。私服警官の目的は、デモ隊の暴力を誘発して、それを現行犯逮捕するという、かなり“卑怯”なもので、仲間だと思っている集団のなかに、こうしたスパイが紛れ込んでいるのではないか、とかなり過敏になっていたのです。
ちなみに8月に入って、香港警察が、デモ隊内への“潜入”による陽動作戦や、暴力的鎮圧をエスカレートさせている背景には、2019年11月に早期退職制度で引退していた、鷹派警察幹部の劉業成(りゅうぎょうせい/アラン・ラウ)元警察副総監が、8月9日付けで臨時警務処副処長として現場に復帰したからだとも言われていました。
劉業成は雨傘運動、2016年春節の「旺角(おうかく/モンコック)の争乱」などの鎮圧を含め、これまでも強硬姿勢で成果を上げてきたほか、2017年7月の香港返還20周年記念では、習近平の香港訪問中の警備責任を任されるほど、習近平政権からの信任も厚い人物でした。
中国当局から信任の厚い劉業成を責任者として、香港デモへの強硬路線が8月9日以降、はっきり打ち出されていました。
この劉業成路線によって、8月11日には、地下鉄太古駅の狭いエスカレーター通路で催涙弾を使用したり、深水埗(しんすいほ/シャムスイポー)のデモに対しては、一般車を装って近づき、いきなり鎮圧を仕掛けたり。尖沙咀のデモでは、至近距離からのビーンバック弾をデモ隊の顔面に向けて打ち込み、女性看護師を失明させたり。銅鑼湾のデモに私服で紛れ込み、デモ隊を背後から襲って逮捕するなど、今までなかった過激で暴力的な方法で、デモの鎮圧が行われました。
暴力をエスカレートさせる警察側にも言い分はあるでしょう。香港の警察官は当時3万人程度で、2カ月続くデモに疲弊しきっており、怪我人も続出。
7月14日の沙田(さてん/シャーティン)で発生したデモ隊との衝突では、抵抗するデモ参加者に、警官が指をかみちぎられて負傷したり、8月11日のデモでは、火炎瓶を投げつけられた警官がひどい火傷を負ったり、デモ隊の抗議のレーザーポインターが目に当たり、網膜剥離などの負傷をした警官が多数出たという情報もあります。
トイレに行く時間も食事をとる時間もなく、炎天下で25キロ前後のフル装備のまま30時間以上デモ隊と対峙し、揉み合った末に、疲労困憊して道路上に倒れ込む警官の姿もネットなどでアップされていました。
警官たちにしてみれば、任務を全うしているだけなのに、市民からは暴力の権化のように罵倒を浴びせ掛けられ、そのストレスも限界に達していたとみられます。こうした警官自身の不満やうっぷんが、劉業成の現場復帰に伴って、デモ隊への暴力鎮圧路線を後押しすることになったのかもしれません。
一方、こうしたデモ隊と警官の衝突状況を見て、これまで抑制的な態度を維持していた中国側は、干渉の意志を見せ始めました。広東省あたりから私服公安を送り込んでいる状況は6月から指摘されていましたが、7月末ごろから解放軍出動の可能性をちらつかせ始めたのです。
※本記事は、福島香織:著『新型コロナ、香港、台湾、世界は習近平を許さない』(ワニブックス:刊)より一部を抜粋編集したものです。