「水の革命」と呼ばれ始めた一般市民たちのデモ
こうした香港デモの“戦闘化”傾向の一方で、一般市民たちのデモの参加形式も変化してきました。平和デモ派の黄之鋒、周庭は9月12日から前後して、ドイツや米国に行き、香港支持の国際世論形成に動きました。
9月15日の昼間には10万人規模の平和デモ行進も行われたのですが、このとき、元宗主国の英国旗のみならず、たくさんの星条旗が翻り、トランプ大統領やペロシ下院議長の名前が叫ばれました。
このフラッグ部隊をSNSで呼び掛けた一人は、私の友人の外資系バンカーだったのですが、彼によれば「勇武派のやり方も、平和デモ派のやり方も、効果が薄いと思った。一番効果的なのは、米国の支援を得ることだと思って星条旗を振る運動を呼び掛けた」とのこと。
つまり、市民一人一人が、自分のやり方で五大訴求を実現するために、最善の方法を自分なりに考えて行動する、多元的な運動になってきたのです。
そんな中で、私が非常に感動したのは、市民たちが夜、ショッピングモールや広場に集まって「願栄光帰香港(香港に再び栄えあれ)」という“香港国歌”を合唱し、時代革命ダンスを踊るというパフォーマンスでした。
平和デモの許可は、すでに下りなくなっていましたので、市民はフラッシュモブのように、どこで起こるかわからない数百人から千人規模の合唱集会を、同時多発的に香港各地で行っていました。
9月に入ってから、香港のネット上に集う有志が創ったこの“香港国歌”は、今の香港人の気持ちを最もよく表していました。
「みんな、正義のために時代革命を」「民主と自由よ、永遠なれ」
9月13日の夜、沙田のショッピングモールで、大勢の市民がこの歌を合唱している様子を目撃しました。隣で歌っていた若い女性が「この歌を歌っていると、本当に自由が取り戻せるって信じられる」と涙を拭いていました。
中国政府がいかに策を弄し、暴力を使って大規模デモと勇武派暴力デモを鎮圧したとしても、市民全体が歌い出す“時代革命”は、誰にも止められないのだ、と隣にいたウインタスが言います。香港人には、国際社会が思っている以上の覚悟ができているのだと感じた瞬間でした。
大規模な平和デモから始まり、それでも香港や中国から譲歩を引き出せないとなるや、手製のプロテクターに身を包んで、火炎瓶を投げて抵抗する。一方で、そういう暴力を良しとしない人たちは、声を揃えて“時代革命”を謳い上げる。星条旗を振り、米国領事に手紙を書く若者もいる。
そんな若者のためにクラウドファンディングで資金支援しているグループ、ボランティアでドライバーとなって移動の手伝いをしたり、未成年の子どもたちへの警察の不当な暴力を防ごうとパトロールしたりする大人たちもいる。
この香港のデモは、日守護孩子行動(子どもを守る会)のボランティアで有名なご老人など、日本の人たちが思っているよりも、ずっと多くの人が、多様な形で関わり合って形成されていました。
「この人」といったリーダー的存在はなく、組織らしい組織もなく、ただSNSでつながっているとらえどころのない、一見脆弱だけれども、状況に合わせて変容し、長続きしていくこの運動は、ブルース・リーの格言「Be Water」(水になれ)の精神に倣ならうものとして、欧米メディアは「水の革命」と呼び始めていました。