香港警察の発表によると、2019年6月から10月の間の「自殺者」は、例年よりも1割以上も多い256人もいたとされています。しかし、香港デモを現場で取材していた福島香織氏によると、警察とデモ隊の衝突によって死者が出た場合に“隠蔽”されたのではないか、という噂が市民の間には広がっていたとしています。

中国政府が香港警察に出した「殺人許可証」

2019年11月9日は、ベルリンの壁崩壊から30年目。あの東西の激しいイデオロギー対決が終焉するまでの困難と、多くの犠牲の再現にも思える状況が香港で起きていました。

11月8日、初めてデモの参加の最中に犠牲者が出たことが公式に確認され、警察の暴力に対する怒りと犠牲者追悼のために、9日はさらに大規模なデモに発展しました。

犠牲者は香港科技大学の22歳の男子学生です。5日、軍澳の近くで警官隊の放つ催涙ガス弾に追われて、立体駐車場の3階から2階に転落し脳内出血、骨盤骨折で重体となり搬送先の病院で死亡しました。警察は「警察側に責任はない」とコメントしましたが、救急車の到着が警察の妨害で少なくとも20分遅れており、香港科技大学の学長は、第三者による死因調査と情報公開を求め、警察の責任を問いました。

11日にはゼネストが呼び掛けられ、デモ隊は交通をマヒさせるためにあらゆるところで交通妨害活動を行いました。これに対し、出動した警官の暴力は常軌を逸していました。金融街のある中環(セントラル)では、通勤客を巻き込むかたちで高温かつ毒性の強い中国製の催涙弾を容赦なく打ち込みました。

この中国製の催涙弾は250度の高温で、アスファルトに着弾するとアスファルトが溶けました。こんな兵器を一般人もいる市街地で何百発、何千発と打ち込みました。香港警察は従来、英国製の催涙弾を使用していたのですが、英国側が香港警察のやり方に抗議して、こうした武器の輸出停止を宣言したため、香港警察は中国製武器を使うようになっていました。

ですが、中国製の催涙弾は、英国制よりも殺傷能力が高く、しかもガスの成分が公表されていません。この中国製催涙弾が使われるようになってから、喘息やクロロアクネに似た皮膚障害などの健康被害が、市民から多く寄せられるようになりました。

香港島東部の西湾河では、道路にバリケードをつくっていたデモ参加者に向けて、交通警察が実弾を3発発砲、そのうちの1発が柴湾大学生(21歳)の腹部に当たり、腎臓と肝臓を損傷して、学生は重体となりました。九龍半島側のバス通りで交通妨害をしていたデモ隊を、白バイが轢き殺そうとでもするかのように追い回す映像もネットに上がっていました。

中国政府は、北戴河会議から2019年10月末の四中全会〔第4回中央委員会全体会議:10月28日~31日〕までは「死者を出さない」ことを香港政府に要求していた、と私は共産党内部事情通から聞いていましたが、11月には犠牲を出しても香港デモの鎮圧を急ぐ方針に変えたようでした。

こう考える根拠は、こうした香港警察の過激化が11月4日、香港行政長官の林鄭月娥が上海で習近平と会談して戻ってきて以降に顕著になったからです。

当初、いよいよ林鄭は中国から辞任させられるのではないかと思われていたのですが、この北京行きで、林鄭は習近平から「高度な信頼」を寄せられていることが改めてアナウンスされました。

その直後に新華社を通じて、四中全会のコミュニケ全文が発表されました。その内容をみると、習近平の香港への対処方針は、中国憲法と香港基本法を盾に取った“法規”に基づく「抵抗者の徹底鎮圧」でまとまったとみられました。これをもって、香港警察に「殺人許可証」が出た、ということです。

林鄭に対する習近平の信頼アピールは、林鄭に「汚れ仕事をやれ」と命じたようにも受け取られました。

公式の犠牲者が出たのは11月になってからですが、多くの香港人は他にもたくさん犠牲者がいる、と言います。太子駅で3人が死亡した疑いは依然晴れていません。このため警察とデモ隊の衝突によって死者が出た場合も“隠蔽”されているのではないか、という疑心暗鬼が市民に広がっています。

というのも2019年6月から10月の間の「自殺者」は、例年よりも1割以上も多く、警察発表で256人もいるのです。死因の不明な死亡ケースが2537件。これは前年同期より311件多いのです。

警察に殺害された抵抗者の“偽装自殺”があるではないか、という噂は消えません。