「財務省の緊縮財政・増税主義に加えて、アフター・コロナにおける日本経済のV字回復の不安要素を、もうひとつあげるとするなら、それは日銀です」。日本でコロナ・ショックによる経済危機が叫ばれた当初、日銀は株価対策しかしていなかったように思えるからだと主張する、経済一筋50年のベテラン記者・田村秀男氏に、その理由について話を聞きました。
株式投資ファンドに成り下がってしまった日銀
日銀の黒田東彦総裁が、3月16日に打ち出した緊急金融緩和政策は、株価指数連動型上場投資信託(ETF)の新規買い入れ年間枠を、6兆円から12兆円に増やすというものでした。
ようするに、株価が上がるように、日銀がカネを刷って株を買うということです。
一方、アメリカではそれとほぼ同じタイミングで、FRBのパウエル議長が無制限の国債購入を決定しています。
「この危機を乗り越えるために、いくらでもドルを刷るぞ」というメッセージを発信したFRBのパウエル議長に対し、日銀の黒田総裁が打ち出したのは「おカネは刷るけど、それは株価を支えるためのものだよ」というメッセージだったわけです。
はっきり言って、これは「経済対策」の名に値するものではありません。「緊急株価対策」とでも称したほうがしっくりきます。日銀が巨大株式投資ファンドになったようなものです。
ひと昔前なら、日銀総裁は「法皇」とまで呼ばれ、記者たちは会見場に総裁様が現れる時には「全員起立、礼」という具合でした。
日銀にはおカネを刷り、資金の供給を受けた民間金融機関が融資を拡大して経済成長を促す、という大切な役割があります。そのため「最後の貸し手」や「物価の番人」とも呼ばれました。株価が下がったときの対応を質問しようものなら「株価対策なんてもってのほかだ。汚らわしい!」と言わんばかりに、じろりとにらみつけられたものです。
アメリカとは“中身”が違う無制限の国債購入
日銀が3月16日に緊急金融緩和政策を打ち出した1週間ほど後、私は都内某所でたまたま某日銀幹部に出くわしたので「コロナ恐慌だというのに、株買いで済ませるとは、日銀も大口投資家になってしまったんだね」と皮肉を言いました。すると彼は「いや、国債をいくらでも買うつもりはありますよ」と、しきりに弁解していました。
日銀がカネを刷ってETFに投資すれば、ETFを通じて株式市場に巨額の日銀資金が流入するため、当然株価は上がります。しかし、それは通常の需要と供給の関係による株価上昇ではないので、効果は長続きしません。痛み止めの麻酔を打っているようなものです。
もっとも、日本は資本主義社会ですから、基本的には株価が上がるのは良いことだと言えます。株価が下がり過ぎると、私たちの年金を運用しているGPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)が破綻するなど、さまざまな弊害が生じますから、株価を下げないにこしたことはありません。
株価下落局面では、個人も機関投資家も逃げ腰になりますから、株価を下支えしてくれる日銀は彼らからすると、まさに“救世主”でしょう。
なので、私も日銀が株価対策をすることを全否定するつもりはありません。ただ、いかにもそれが日銀の政策の“本筋”であるかのように言われると「何をバカなことを」と言いたくなります。
特に今回のコロナ・ショックのような緊急事態時に、日銀が打ち出すべき経済対策の“本筋”は、やはり無制限の国債購入です。日銀の本格的な量的緩和政策を、政府の財政出動と組み合わせることが最も重要なのです。
「日銀も、ひと月以上後になって無制限の国債購入を決めたのだから、よかったじゃないか」と思われるかもしれませんが、まだ安心はできません。
確かに日銀の黒田総裁は、4月27日の記者会見で「政府の緊急経済対策で国債が増発されることを踏まえ、買い入れ上限を設けずに必要な額の国債を購入する」と表明しました。これを多くのメディアが「日銀もFRBのパウエル議長に追随して、無制限の国債購入を決めた」という見方で報じました。
しかし、パウエル議長と黒田総裁、両者が表明した「無制限の国債購入」は、実は中身が異なります。