“増税”と“緊縮財政”という最悪の組み合わせ

2012年12月に、民主党から政権の座を奪い返した安倍晋三首相(当時)の勝因は、日銀の量的緩和を大きな柱とする経済政策、いわゆる「アベノミクス」を提唱して幅広い有権者の支持を集められたことにあります。

安倍政権の誕生によって日銀総裁は白川方明氏から現在の黒田東彦氏に代わり、ようやく日銀も金融緩和に踏み切りました。

▲黒田東彦 日本銀行総裁 イメージ:ウィキメディアコモンズ

その結果、長く続いた円高局面を脱することに成功し、今日のように1ドル=110円前後の水準で相場は安定するようになったというわけです。あらためて説明すると、アベノミクスとは、

  1. 大胆な金融政策(第一の矢)
  2. 機動的な財政出動(第二の矢)
  3. 規制緩和によって民間投資を喚起する成長戦略(第三の矢)

という「三本の矢」で、デフレ脱却と富の拡大〔開始後10年間平均で名目経済成長率3%〕を目指すという経済政策です。

第一の矢は「異次元の金融緩和(異次元緩和)」とも呼ばれ、第二の矢の財政出動と組み合わせて経済を成長させていくことが狙いです。私は安倍政権発足以前から、金融・財政の両輪をフル稼働させることの必要性を訴え続けてきたので、アベノミクスがこの点を打ち出したことに当時、非常に勇気づけられました。

一方、第三の矢に関しては、かなりあいまいな印象を受けました。規制緩和で戦略特区をつくって自由なビジネスを活発にする、という具体策が、この第三の矢には確かにあります。

しかし果たして、それがどれだけ経済成長に結びつくのかということは、まったくもって証明できません。ゼロ%台の成長しかできないデフレ不況のなかで規制緩和を進めても、一部の優位なグループにとっての利権になりやすいという弊害も生じます。

「これはろくなことにならないのでは?」と思っていたら、案の定、モリカケ問題など安倍元首相の立場を悪くする話が出てきました。

それを踏まえると、本来アベノミクスのコアになるべき部分は、やはり金融と財政の両輪です。その点で私はアベノミクスに当初期待していました。しかし、始まって2年目の2014年4月、安倍元首相は消費税の増税(5%から8%へ)に踏み切ってしまいました。

これが大失敗のもとです。消費税率を一気に3%も上げるのは、消費税率の高いヨーロッパでも、あまり例がありません。なので、財務官僚たちの一部は「3%も上げたら大変なことになるかもしれない」という危惧の念を実は抱いていたと言います。

ところが、財務省の上層部には「今の民主党政権は我々の意のままだ。このチャンスを絶対に逃してはならない」という強い意志がありました。民主党の野田佳彦政権(当時)は、財務省が書いたシナリオ通り、自民・公明両党を巻き込んだ「3党合意」による消費税増税法案を成立させました。その後、政権を取り戻した安倍政権も、この3党合意の既定路線通り、増税を実施する羽目になったわけです。

▲グラフ:新型コロナウイルス・ショックリーマン・ショック後の円相場と株価の推移

さらに悪いことに、アベノミクスは初年度こそ第二の矢である財政出動を拡張したのですが、消費税の増税に踏み切った2014年度には、なんと公共事業を次々とカットし、その他の予算もどんどん削るという緊縮財政をいきなり実施しました。

当然、それによって経済は再び失速。デフレ圧力が高まり、現在にいたるわけです。“増税”と“緊縮財政”という最悪の組み合わせ――デフレ不況下では絶対にやってはいけない2トップを組み合わせてしまったことで、デフレ脱却・日本経済復活を実現する可能性を秘めていたアベノミクスは完全に“殺された”のでした。

▲“増税”と“緊縮財政”という最悪の組み合わせ イメージ:PIXTA