山中伸弥教授が記者クラブで訴えたこと
私が非常にショックを受けたのは、再生医療の分野で将来有望なiPS細胞でさえ、日本国内ではカネが集まらないという現状です。
言わずもがなですが、iPS細胞の研究は京都大学の山中伸弥教授がパイオニアになったことで知られています。しかし、そのiPS細胞を日本がこれからビジネスレベルで活用して世界をリードできるかというと、そう簡単にはいかないかもしれません。
2019年11月11日、山中教授は東京の日本記者クラブにいらっしゃって、あることを訴えました。山中教授の進めているiPS細胞の研究プロジェクトに、政府が今までのように予算を出さない(2022年度で終了する)と言い出したというのです。
それに対して、山中教授は「いきなりゼロにするのは相当理不尽」だと支援の継続を求めました。政府としては「iPS細胞は実用化の段階にきているから、今後は民間の力に頼ってください」というメッセージなのかもしれませんが、それにしても衝撃的な話です。
私の知り合いに、山中教授の弟子筋にあたる若者がいます。ある日、彼が私のところに訪ねてきて「田村さん、なんともならないことがあるんです」と必死に訴えてきました。
事情を詳しく聞くと、iPS細胞で心臓の傷んだ細胞を再生するというプロジェクトでベンチャービジネスを立ち上げて、いよいよこれから臨床試験という段階に入ったそうです。ようするに実用化のための入り口なわけですが、そうなると当然たくさんのカネが必要になります。ところが、そのカネがなかなか集まらないとのことでした。
どれくらいおカネがかかるのか聞いてみると、1000万円ほどだと言います。私は「これほど将来有望なものに、わずか1000万円のカネが集まらないのか」と愕然としました。山中先生が相当な危機感をもって記者会見をした話と、まさに一致するところです。
国内に投資しない企業の合言葉は「グローバル」
政府としては「iPS細胞のように将来性のある分野なら、ほっておいても民間がカネを出すから、政府がカネを出さなくてもいいだろう」と考えているのかもしれません。
確かに日本の民間企業、すなわち日本を代表する大手製薬会社や、医療分野以外の一般の大企業も、iPS細胞を含む新しい医療には高い関心を持ち、研究開発も進めています。
では、なぜそうした企業からカネが集まらないのかと、その若者に聞くと「いや田村さん、日本の大企業は今やグローバル企業なんです」という答えが返ってきました。
トップが外国人、社内の公用語が英語という企業はもとより、そうではない企業も含め、グローバル企業の経営陣には「投資をするなら日本国内ではなくて海外だ」という発想があります。
特にiPS細胞に関しては、彼らは日本よりも欧米の新興企業に関心を持っています。だから山中教授の流れをくむベンチャー企業といえども、なかなか相手にしてくれないそうです。わずか1000万円のカネすら、どの企業も投資しようとしません。
この話を聞いて私は大変ショックを受けました。「グローバル」と称して日本国内に投資しないことが、日本の大企業のビジネスカルチャーになってしまったという典型例だと思います。
あるいは「1000万円程度のカネなら政府の補助制度で間に合うだろう」と思われるかもしれません。しかし、そうした補助制度があったところで、所詮はお役所仕事です。緊縮財政の影響もあって、審査ひとつとっても時間がかかってしまい、ビジネスに必要な機動性に欠けます。
悲しいかな、これが日本経済の現状、グローバル化の現状です。日本の技術がベースになったものが海外に広まり、海外で応用が進み、日本のカネも海外に投資されていく。一方、日本国内には、たいした金額でもないカネすら機動的に回ってこない。
その結果、本家だったはずの日本が世界から取り残される――そんな恐ろしいことが現実問題として起こっているのです。この窮状こそ、まさに緊縮財政がもたらした悲劇だと言えます。
※本記事は、田村秀男:著『景気回復こそが国守り 脱中国、消費税減税で日本再興』(ワニブックス:刊)より一部を抜粋編集したものです。