西洋の名画と言われるアートには理由がある。教養としても知っておきたい、たった1枚の絵から浮かび上がるメーセージや、正しく読み解く時代背景のヒントを西洋美術界のエンターテイナー・木村泰司氏がコミカルに解説。17世紀を代表する画家の一人であるルーベンスは、のちに「バロック絵画の王」と呼ばれるようになるのですが、彼の人生は波乱に満ちたものでした。

※本記事は、木村泰司:著『名画はおしゃべり -酔っ払いから王侯貴族まで-』(ワニブックス:刊)より一部を抜粋編集したものです。

幸せな夫婦肖像画の裏に隠された歴史

最近はスピリチュアル・ブームで、パワー・スポットと考えられている場所が大人気です。それだけ多くの人が精神的に疲れているということなのでしょう。

さて、こうした占いや精神世界的なことが好きなタイプの中には「他力本願型スピリチュアル・オタク」とでもいうべき人もいます。

そうした人たちは、自分自身はあまり努力することをせずに、パワー・スポットを訪れただけで人生が好転すると思っていたり、占いの鑑定を聞いただけで安心してしまったりして、そのあと何も自分について変えようとも、行動を起こそうともしないことが多いように見受けられます。

本人が努力を全くしないまま、今まで誰が願ったことを成し得てきたでしょうか? こうした他力本願タイプの人は、パワー・スポットに行く時間があるくらいなら、偉人の伝記や哲学書でも読んだ方が絶対にためになると思います。

美術史を振り返ってみても同じことがいえます。本人の感性が赴くまま、全く苦労もせずに好き勝手に楽しんで画を描いて大成し、美術史に名を残した画家など私は知りません。

洋の東西を問わず、いつの時代においても、自分の夢や希望を実現させるには、本人の努力や生きる姿勢が大切であることに変わりがありません。そこにプラスして、その人が持っている運や人間関係の縁、そしてご先祖様のご加護といった個人の努力を超越した、さまざまな要素が味方してくれるのでしょう。

そこで私が是非とも「他力本願型パワー・スポット・オタク」、もしくは「一人合点型スピリチュアル依存症」的な人に観てもらいたいと思う画が、ピーテル・パウル・ルーベンスが32歳で結婚した頃に、妻と共に自分の姿を描いた1枚です。

▲スイカズラの木陰のルーベンスとイザベラ・ブラント/ピーテル・パウル・ルーベンス(1609〜10年頃/アルテ・ピナコテーク)

ルーベンスの63年の人生を振り返りながらこの画を観れば、努力することの大切さを痛感することができるからです。まさに『願わば叶う』と、個人的に別タイトルを付けたくなるような作品です。

漕いでいない自転車の車輪が、下り坂以外では勝手に動き出さないように、何も努力をしないで人生の歯車が回り始めることは滅多にありません。ルーベンスは、後世に「バロック絵画の王」と呼ばれるようになる、17世紀を代表する画家の一人です。

美術史を振り返っても、彼ほど幸福に恵まれた画家は滅多にいないでしょう。ルーベンスという画家を表わすのに「バロック絵画の王」ほど相応しい称号はないのです。

しかし、そのルーベンスでさえ「禍福はあざなえる縄の如し」というように、全て順調で何も悪いことがない一生を全うしたわけではありませんでした。