「勘」を磨けば失敗の確率は減っていく

「インターネットばっかりに頼ってちゃダメなんだよ。自分で歩かなきゃ」

おもしろい店の話などをする際、久住さんはいつもそう主張していました。たしかに今はネットでなんでも調べられますけど、それはどこかの誰かが(場合によっては、なんらかの意図を持って)仕組んだ表層的な情報に過ぎません。

そこにある情報が全てではないわけで、もしかしたら、本当におもしろいものは誰の目にも届かない場所にあるのかもしれない。だとすれば、それを探すためには自分で歩くのが一番だという、当たり前といえば当たり前の話。

ところが、その“当たり前”に気づいている人は意外に少ないからこそ、久住さんの発想が際立つのではないでしょうか?

「こんど新しい本を出すんだよ。『面食い』と書いて“ジャケ食い”。なんにも調べないで、外観を見てピンときた店を紹介した本。勘だけを頼りにして店を選んでるんだ」

下町の渋い居酒屋のカウンターで、そうお聞きしたとき「久住さんらしいなぁ」と改めて感じました。以前からお聞きしてきた考え方は、その本にもしっかりと反映されていることになるからです。

本書の冒頭で、久住さんは20代のころの音楽との接し方について触れています。いうまでもなく、インターネットもYouTubeもなかったころのこと。

その世代に青春時代を過ごした方であれば共感できると思うのですが、当時はみんな、お金がなく、レコード一枚買うのも真剣勝負でした。したがって「買うか買わないか」が大問題だったわけです。

だからレコードジャケットを何度もチェックし「これは大丈夫そうだ」という“勘”をよりどころにして選んでいたわけです。ちなみに久住さんも指摘しているとおり、こういうことを続けていくと勘が鋭くなっていって、ハズレをつかまされる頻度も低くなっていくんですよね。そういう意味でも、勘はとても重要なのです。

そこで久住さんは「己の勘だけを頼りに店に入って食べること」と、レコード選びの共通点に注目し「面(ジャケ)食い」という新語を生み出したのでしょう。

ですので今回は、このことについての考え方を明らかにした以下の文章を「人生を変える一文。」としたいと思います。

最近の輩は、失敗しないように、ネットで事前に調べる。店の前まで行って、スマホでその店を検索して、メニューや値段や、他人の評価を確認する人も多い。セコい。そんなことばかりしていたんではいい店を見抜く力は、一生つかない。他人頼りで、そのくせ文句ばかりつける、嫌なジジババになるのだ。
(9〜10ページより)

本当にそのとおりだと思うし、自分はまだまだだなとも感じます。そういう意味で、本書は大切なことを思い出させてくれるのです。

余談ながら、20年前に久住さんと初めてお会いした店も、しっかり掲載されておりました。引き戸を開けたら、久住さんがカウンターでひとり酒を飲んでいらしたときの光景は、今でもはっきりと思い出すことができます。