「バックキャスト思考」の身近な事例

バックキャスト思考を、どう定義するべきか。身近な事例で考えてみましょう。

▲「バックキャスト思考」の身近な事例 イメージ:PIXTA

「居間の電球が1つ切れてしまった」

今、こんな問題が生じたとします。あなたならどう解決しますか?

多くの人は「電気屋さんで新しい電球を購入して、切れた電球と交換する」という方法を選ぶのではないでしょうか。これは典型的なフォーキャスト思考による問題の解決です。

注目していただきたいポイントは「電球が切れている」という制約(問題)を認識し、これを排除(否定)することが答えになっているところです。

バックキャスト思考による問題解決は、これとはまったく異なります。制約を明らかにして認識するところまでは同じですが、これを排除せずに肯定するのです。「受け入れる」といってもいいでしょう。

すると思考の方向はまったく変わるはずです。つまり「少し暗くなった居間でどうやって楽しく暮らすか」を考えることになります。その答えは1つではありません。たとえば「少しくらい暗くても、生活にはとくに支障はないんだな」という発見があるかもしれません。

「そもそも、こんなに明かりが必要だったのだろうか」と気づくことで、家中の照明器具を見直したり、そこから「ときどきは明かりを全部消して、家族みんなで窓から星や月を眺めよう」という新しい暮らしの形を見つけることもあるでしょう。

このように「制約(問題)を肯定して受け止め、その制約のなかで解を見つける」思考法こそが、バックキャスト思考です。その結果、当初の制約(問題)は消え、新しい楽しみが増えることになります。なお、このとき「少々暗いくらいはガマンしよう」とするのは、解ではありません。制約をガマンするのではなく、正面から受け入れ、なおかつ、豊かであるような解を目指すことが重要です。

「バックキャスト思考」でワクワクドキドキしよう

現代は制約を排除できない問題が急増している時代だといえます。これらの問題に解を与えるには、バックキャスト思考を取り入れなければならないのです。

しかし、頭で理解したつもりでも、バックキャスト思考を実践するのは簡単ではありません。なぜなら、私たち人間には、制約を排除したがる(=フォーキャスト思考になりやすい)性質があるからです。

その根本的な原因は、脳の仕組みにあります。

私たち人間や多くの動物の脳には、報酬系(reward system)と呼ばれるシステムが備わっています。これは、ある欲求が満たされたとき(または満たされることが予測できたとき)、脳に快感を与える神経の仕組みです。

人間の場合でいえば、中脳の腹側被蓋野(ふくそくひがいや)から大脳皮質に快感を与える神経伝達物質ドーパミンが分泌されるようになっています。難しいクイズや複雑なパズルなどが解けた瞬間「やった!」と心地よい気持ちが生じるのは、脳の報酬系の働きによるものなのです。

報酬系システムには、私たちの「問題を解決したい」という意欲を高めてくれるというメリットがあります。しかし、その一方で「とにかく早く結論を出せばいい」という欲望が強くなり過ぎてしまうというデメリットもあるのです。脳の持つこの性質が、バックキャスト思考を進めるうえではネックになっています。

つまり、人間の脳は通常、フォーキャスト思考をするようにできているといえるでしょう。そうした脳を持つ私たちにとって、バックキャスト思考は、報酬をお預けにする、遠回りにも感じられる思考法なのです。

「私たちの脳はフォーキャスト思考に陥りやすい仕組みになっている」

この前提を踏まえておくことが、バックキャスト思考をするうえでは非常に重要です。

▲「バックキャスト思考」でワクワクドキドキしよう イメージ:PIXTA

私たちは、コロナ以前に戻るのではなく、コロナ禍をバネにして学んだことを活かし、どうやってエネルギーや資源をあまり使わずに「ワクワクドキドキする心豊かな新しい暮らし方のかたち」を創るのか、目を覚まし、足場を変えて「バックキャスト思考」で考えなければなりません。

それこそが、未来へのバトンなのです。