晩年の大傑作・ロンシャンの礼拝堂 

正式名は「ノートルダム・デュ・オー礼拝堂」。フランスの片田舎、スイスとの国境に近いロンシャン地方に、この礼拝堂は建てられました。コルビュジエいわく、この建築は5年にわたる長い探求の末に生まれたといいます。完成したのは1955年、コルビュジェが67歳の頃です。

▲ロンシャンの礼拝堂

こちらが実際に訪れた時に撮ったものです。

外観を見ると、もはやまっすぐな要素の方が少なく、建設した職人さんたちの苦労がしのばれます。礼拝堂(?)としては非常に奇妙な形をしていますが……、不思議と調和が取れており、どこか親しみを感じさせる建築に仕上がっています。

なぜ彼は、こんな不思議な形の建築を作ったのでしょうか? 丸まった壁の意味は? 分厚い壁の機能は? そもそもどうやったら、こんな発想に至るのか……?

写真を見ていただけでは検討もつきません。これは実際に行って見るしか理解する方法はない、というか肌でこの空間を感じたい……! ということで、ちょうどスイスを訪れた際、無理やり足を伸ばして現地を訪れました。

▲ロンシャンの礼拝堂

こちらが背面の様子。表と全然違う! 外観をいくら眺めても、次々と現れる違う顔に圧倒されるだけなので、今度は平面図を見てみましょう。コルビュジエも「平面は基礎である。平面なしには、意図や表現の偉大さもなく、律動も立体も脈絡もない」と言っていますし。

▲ロンシャンの礼拝堂の平面図

いや、余計にわけがわからない……。

この癖がついて丸まった模造紙のような壁や、微妙に折れ曲がった分厚い壁の形は、一体どんな検討を踏めばたどり着けるのでしょうか? 謎は深まるばかりです。

やはり天才の考えは、凡人には理解できないのか……。唸りながら土産屋に足を踏み入れると、突如として興味深いものが目に飛び込んできました。

▲ロンシャンの礼拝堂模型 イラスト:芦藻彬

礼拝堂の模型です。これまで見ることができなかった、“鳥視点”からの礼拝堂を見たとき、ある考えが頭によぎりました。この形、何かに似ているような……?

気になって土産屋のパンフレットを購入すると、コルビュジエ本人のものとされるテキストに、こんな一節を発見しました。

「ニューヨークのそば、ロング・アイランドで、1946年にひろったカニの殻がデッサン用テーブルに置いてある。これが礼拝堂の屋根になるだろう。厚さ6センチのコンクリートの膜を2枚、2.26mの間隔をあけて配置する。この殻(船体)が、回収された古い石材で作られた壁の上に置かれることになる……」〔注〕

カニの殻!??

▲ロンシャンの礼拝堂模型 イラスト:芦藻彬

そうか!! 蟹か!!!!

慌てて土産屋を飛び出し、礼拝堂に戻りました。灰色の分厚い屋根が蟹の“甲羅”のようです。背面中央の2つの鐘楼は蟹の“目”で、最も高くそりたった分厚い壁と、一番大きな3つ目の鐘楼は蟹の“鋏”。言われてみるとそうとしか見えない……!

この建築は“蟹”だったのです。