NATOにとってロシアは「敵国」のままなのか?

馬渕 NATO諸国は……特にイギリスは、ロシアとソ連が“別物”だとは見ていないということですか?

岡部 ロシアに対する厳しい姿勢は、ソ連時代から変わっていないと思います。たとえば、2018年3月にイギリス南部のソールズベリーで、ロシアの元スパイのセルゲイ・スクリパリ氏と娘のユリアさんが襲撃された暗殺未遂事件がありましたよね。

馬渕 ノビチョク(猛毒の化学神経剤)が使われた事件ですよね。

岡部 はい。僕は現場にも行って取材したんですが、イギリス政府がいち早く犯行に、1970〜1980年代に旧ソ連軍が開発した神経剤「ノビチョク」が使用されたことを割り出しました。ロシア側は否定していますが、間違いなくGRU(ロシア連邦軍参謀本部情報総局:ロシアの軍事情報機関)の犯行だと思います。それはイギリス政府ではなく「ベリングキャット」というイギリスの民間調査グループが突き止め、発表しました。

イギリスには、CCTVという街頭の監視カメラがたくさんあります。そこに写った写真から、ソールズベリーの現場にいた犯人グループが、ロシアから来た3人組だとベリングキャットが割り出し、その調査結果をイギリス政府が裏打ちしたというわけです。

犯人グループのひとりはGRUの軍医です。ノビチョクは神経剤なので、使う時には医師が必要だからです。それから、もうひとりはプーチンから勲章をもらった腕利きの工作員で、あとのひとりがリーダー、つまり現場責任者を務めたGRUの幹部です。CCTVと出入国管理記録などから特定されたのですが、現場では間違いなく彼らGRUの犯行と見られています。

イギリスが突き止めたGRUの犯行という情報は、本来ファイブ・アイズの5ヵ国でしか共有できない最高機密のものでした。しかし、あの時に限ってフランスやドイツをはじめ、西側の20数ヵ国に一気に情報を流したんですね。

だから、西側諸国は一斉にペルソナ・ノン・グラータ〔「好ましくない人物」の意で、自国の判断で外交官を国外退去させること〕を発動させて、ロシアの外交官を一斉に追放する事態になったのだと思います(イギリス政府は事件後、ロシアへの報復措置として駐英ロシア人外交官23人を国外追放、アメリカやEU加盟国など25ヵ国で130人を超すロシア人外交官が追放となりました)。

▲在日本ロシア連邦大使館 出典:ウィキメディア・コモンズ

残念ながら、日本だけがその輪から外されてしまいました。情報機関がない国に情報を流すと、すぐに漏れてしまうと懸念されたようです。だから民主主義国のなかで、唯一日本だけが情報を貰えず、日本以外の主要国には流して、ロシアの外交官を一斉に追放しました。それなりの根拠がなければ、なかなかできないことです。

こうした事例を踏まえると、NATO諸国の、そしてイギリスのロシアに対する厳しい姿勢は、ソ連時代から変わっていないと思います。

NATOの報告書でも、潜在敵国としてロシアが出てきます。距離的には離れていても、核の脅威があるので北朝鮮が出てくることもありますが、やはりまずロシアですね。そういった意味では、イギリスが常にまずロシアを脅威としてとらえるのは「グレート・ゲーム」を繰り広げたソ連時代から変わっていない気はしますね。

馬渕 それは非常に面白い指摘ですね。私も最近のイギリスの考えかたをフォローしているわけではありませんが、結局は帝政ロシアの時代、つまりソ連以前のロシア時代から、イギリスとロシアは常に帝国主義戦争をやっていましたからね。その時以来の歴史的な教訓というのがあるのかもしれません。