中国が香港メディアに行った恐るべき“脅迫”

2014年の雨傘運動や、2019年の逃亡犯条例改正に反対する「反送中」デモのコア層になったのは、黄之鋒や周庭、林朗彦をはじめとする「学民思潮」世代の若者たちです。

自由にインターネットを使い、英語ができて、視野が世界に向いている彼ら香港のティーンエイジャーたちは、国民教育科で教えられるような「米国の二大政党間の争いで米国人が苦しんでいる」「中国共産党が無私の素晴らしい執政党(支配政党)」だ」という内容を信じてしまうような“情弱(情報弱者)”ではありません。かといって、それが“噓”だとわかっていても、ビジネスのためなら信じたふりをできるほど大人でもなかったのでしょう。

彼らのデモは、2004年以降、チャイナマネーに熱狂して浮かれていた大人たちを目覚めさせるきっかけになりました。

大人たちが冷静さを取り戻した頃には、香港の一国二制度は風前の灯状態でした。一番大きな問題は、香港メディアが中国の宣伝機関に成り下がっていたことです。2010年から2011年にかけて香港の二大テレビ局であるATVとTVBへのチャイナマネーの浸透が進み、両局はCCTV(中国中央テレビ)化していました。

また、2011年3月には、サウス・チャイナ・モーニングポストの良心的総編集長の蔡翔祁が中国関連報道に対する姿勢を巡って親中派オーナーの郭鶴年(ロバート・クォック)と対立し、辞職しています。

香港市民の多くが「香港メディアの死」を悟ったのが、李旺陽(リー・ワンヤン)事件です。

これは私にとっても非常にショッキングな事件でした。天安門事件当時の農民運動家・李旺陽が、22年に及ぶ禁固刑の刑期を終えて出所した直後の2012年5月22日、香港メディアの取材を受け、獄中で受けた凄惨な拷問体験を語り、その報道が6月2日に香港有線テレビで放送されました。

すると、放送間もない6月6日、李旺陽は入院先の病院内で不自然な“自殺”を遂げます。香港メディア関係者は、これを中国共産党の“脅迫”と受け取りました。つまり「中国に都合の悪い人物に取材したり、中国に批判的な内容を報道したりすれば死者が出るぞ」というメッセージだと認識したわけです。

記者というのは、自分自身の命の危険に対しては、ある程度なら果敢に抵抗できます。しかし、自分の取材した相手が殺されるということに対しては、なかなか耐えられるものではありません。

李旺陽事件は、そういう意味でも、メディア関係者に対する「最も凶悪な脅し方」だったといえます。

李旺陽の不審死について、香港メディアはほとんど沈黙してしまいました。香港人の多くは、この事件を通じて「香港メディアはすでに死んでいる」ことを思い知らされたのです。

全世界が注目した2014年の雨傘運動

こうして香港人たちが危機感に目覚め始めたその矢先の2012年11月、胡錦濤から習近平に権力が禅譲されます。

習近平政権は、胡錦濤政権ほど慎重ではなく、実にあからさまに、直接的に「香港の中国化を恐ろしいスピードで、強引に進めていきました。

そのひとつが、胡錦濤政権が香港人を従順にさせるために鼻先にぶら下げていた「2017年の行政長官選挙で普通選挙が導入されるかもしれない」という期待を完全に潰したことです。

2014年8月31日に中国の全人代は1人1票の普通選挙を導入するにあたり、「行政長官候補は指名委員会の過半数の支持が必要であり、候補は2、3人に限定する」と決定しました。ようするに、中国共産党のいいなりの候補者を先に指名委員会が選び、それを香港有権者が投票するということで、結局のところ中国共産党の“傀儡”以外の行政長官を選べない仕組みを「普通選挙」と名付けて、香港人を納得させようとしたわけです。

▲2014年の雨傘運動 出典:ウィキメディア・コモンズ

この習近平政権のやり方に納得のいかない若者たちが、2014年に俗にいう「雨傘運動」を起こします。9月26日から学生たちは授業をボイコットし、街に抗議デモに出るようになりました。デモは次第に拡大し、やがて2011年に学民思潮が行って成功した、政府庁舎前広場の座り込み占拠の再現というかたちに発展していきます。

すると、翌27日未明、香港警察が若者たちに向かって催涙弾を撃ち込み、強制排除に乗り出しました。80発以上の催涙弾を受けながら、若者たちが色とりどりの雨傘でよけながら抵抗する姿が全世界に発信されました。

これに追随するかたちで、香港大学法律学部の副教授だった戴耀廷、社会学部教授だった陳健民、牧師の朱耀明らが、28日に「オキュパイセントラル」、つまり「金融街占拠」を呼びかけます。こうして79日に及ぶ香港各地での公道占拠による抵抗運動・雨傘運動(雨傘革命)が始まったのです。

▲雨傘運動の中枢で活躍した岑子杰(ジミー・シャム) 出典:ウィキメディア・コモンズ