人間から建築へ-稀代の彫刻家、晩年の挑戦-

1907年にウィーンに生まれたフリッツ・ヴォトルバは、20世紀を代表する彫刻家の一人です。立方体や円筒といった幾何学的要素を組み合わせ、数々の「人間」を彫刻した彼は、次第にそのなかに空間を見出すようになります。

この教会の依頼を受けたとき、彼は夢中でこのプロジェクトに邁進しました。残念ながら教会の完成を待たずして彼はこの世を去りますが、まさに遺作となったこの建築が、彼の人生が結実した最大の「作品」であったのは間違いないでしょう。

そして、この彫刻を建築様式や時代の流れのなかで考察してみると、さらに面白いことがわかります。最初にこの建物を見たとき「ブルータリズム」という建築様式を思い浮かべました。むき出しのコンクリート、鉄、ガラスといった「冷酷で厳しい野生=brutal」のような手法の建築を指す言葉です。しかし、厳格なモダニズム、機能主義への原点回帰を謳ったブルータリズム建築の枠に入れるには、この建築は個性的すぎます。

そこで、もうひとつ頭に浮かんだのは、正反対の建築様式「脱構築主義」です。厳格なブルータリズムとは打って変わって、本来の形から意図的にずらした造形や、極端にひしゃげたり斜めになったりする刺激的なデザインを特徴とする建築様式で、フランスの哲学者ジャック・デリダにより提唱された概念「脱構築」を基とします。

(先に述べたザハ・ハディドは、この脱構築主義建築の第一人者のひとりです。)

そして、その直感は正しかったのです。「脱構築」とは、善と悪、平和と争いといった二項対立を作り出している構造そのものを疑い、問い続ける手法のことを指しますが、これは、ヴォトルバの世界観に非常に良く似たものでした。Matthias Haldemannのエッセイのなかから、ヴォトルバの作風を評した一節を紹介します。

In his work Wotruba singles out the individual, reduces them to themselves and shows how isolated and lonely one can become. On the other hand he effectively mirrors the "dialectics of the visible and invisible, of solidification and release, of massification and individuation, of fading and growing, of life and death.(注1)

ヴォトルバの作品は、個人を切り取り、彼ら自身を還元していくことで、人がいかに孤立し、孤独になりうるかを示している。その一方で、彼は "見えるものと見えないもの、凝固と解放、大衆化と個性化、衰退と成長、生と死…といったものの対立と発展" を効果的に映し出しているのだ。(筆者訳)

まさに、二項対立を解体し、矛盾を乗り越えんとするエネルギーです。ブルータリズムという厳格な手法と、非常に豊かで刺激的なデザインとが混ざり合うこの矛盾した建築。彫刻を通じて、常に「人間」という矛盾を抱えた存在と向き合ってきたヴォトルバだからこそ、生み出すことができた作品だったのです。

さらに驚くべきは、この教会が、脱構築主義建築が世に建てられる20年近くも前に構想されていたということです。建築界の未来を読み、最も先端を走っていたのは建築家ではなく彫刻家だった、というのはなんとも興味深い話ではありませんか。

In my dreams there is a vision of the power of beauty as well as the strength of ugliness, of the lightness of things floating and the equilibrium of heavy masses.(Fritz Wotruba)(注2)

私の描く夢のなかには、美の力と共に醜の力が、浮かんでいるものの軽さと釣り合う重い塊がある。(フリッツ・ヴォトルバ)(筆者訳)

刺激的でアバンギャルドな空間なのに、なぜか不思議と落ち着けてしまう。見たことがない空間なのに、どこか懐かしさを感じるような、あの不思議な感覚。我々がこの教会に惹かれるのは、自分たち「人間」と同じ矛盾やカオスを、この「建築」に見ているからかもしれません。

▲聖三位一体教会 イラスト:芦藻彬

 

【建築コラム用語解説】

※1 ブルータリズム
「Brutal」の名の通り、冷酷で厳しい野生のような手法を用いた建築様式のこと。イギリスの建築家アリソン&ピーター・スミッソンによって主唱され、1950年以降各地で見られるようになった。直接的で荒々しい素材の表現を特徴とし、ル・コルビュジエが「ベトン・ブリュット」(béton brut, フランス語で生のコンクリート)と呼んだ、コンクリートむき出しの仕上げが多用される。第二次大戦後の再建が進むなか、モダニズムが次第に本来の機能主義から離れ、ロマン主義や造形主義の復活が見られた。それに対する反発運動として、真のモダニズムへの原点回帰を唄ったのがブルータリズムだった。

※2 脱構築主義
新国立競技場の改定前案を設計したザハ・ハディドが扱うことでも知られる、1980年代以降に現れたポストモダン建築の運動の一つである。本来の形から意図的にずらした造形や、極端にひしゃげたり斜めになったりする刺激的なデザインを特徴とする。そもそも「脱構築(deconstruction)」とは、フランスの哲学者ジャック・デリダにより提唱された概念である。それまでの西洋哲学で前提とされてきた二項対立そのものを疑い、階層秩序の逆転やずらしによる差異を問う方法のことを指す。(また、deconstruction (デコンストラクション)とはdestruction(破壊)とconstruction(構築)を組み合わせた造語である。)
脱構築主義建築は、かつては実際の設計に恵まれず、建築思想としての側面が強かったが、展覧会の成功を契機に1990年代以降は実作が建つようになった。建設技術の飛躍的な進歩も後押しし、現代ではスタジアムや超高層ビルなどにも活躍の場を広げている。

(注1)(" Matthias Haldemann:Wotruba heute, ein Essay. In:Wortuba, Leben Werk und Wirkung, Hgg. v. /Wilfried Seipel & Fritz Wotruba Privatstiftung, S 99.)
(注2)Josef Aumann他編『DIE WOTRUBA KIRCHE』
2013年/Rektorat der Kirche ,Zur Heiligsten Dreifaltigkeit発行