建築は「詩」になり得るか? 

さて、中に入ってみると、入り口で感じた印象よりも大きな空間に迎えられました。

▲「コルテ・ディ・カドーレ教会」内観 イラスト:芦藻彬

荘厳な大空間に、光を取り入れる工夫という教会らしい仕掛けが見られる一方で、スカルパらしい緻密なディテールと、空間・要素の分割が見られます。

この時、2面のファサードにおいて目にしていたワイヤーの意図がわかり、ゾワッと鳥肌が立ちました。

あれは決して構造的理由だけで着いたのではなく、巨大な空間と人のスケールをつなぐ「透明な天井」としての役割があったのです。さすが、スカルパ師匠です……(?)。

他にも、内部を歩くたびにオリジナルなデザインが目を楽しませてくれます。長椅子はもちろん、祭壇、燭台、扉の取手、小さなテーブルに至るまで、あらゆるものがデザインされ、構成的統一という秩序を形作っていました。

改めて、検討に費やされた膨大な仕事量と、まとめ上げる際の難易度を思うと気が遠くなります。

また、これらさまざまな要素の上に立脚する空間というのは、非常に定義が難しいのです。個別の要素そのものや、要素同士の関係を見ているうちはかろうじて言葉にできますが、全体を統合する秩序について思いを馳せると、たちまち言葉は霧散してしまいます。

しかし、そこには確かに「何か」が存在するのです。

スカルパの建築を表す言葉として、しばしば「詩」という言葉が使われますが、ひょっとすると、この言葉が霧散していく感覚こそが「詩」ということなのかもしれません。

最後に、寡黙なスカルパが残した数少ない発言のなかから、詩にまつわる短い一節を引用したいと思います。

I will create a poetic work of architecture. Poetry arises from things in themselves if the person who makes it has this nature, or it can derive from various conditions between the goals and the execution of architecture. What I want to say is that sometimes architecture is poetry, it can happen today such as it happened in the old days. (…) I mean an expressed form that can become poetry, though, as I said before, you cannot intentionally make poetry. (注1)

私は詩的な建築作品を作ります。詩は、建築する人がそのような性質を持っていれば、自ずと発生しますし、建築の理想と実現の間の諸条件から発生することもあります。私が言いたいのは、建築はしばしば詩となる場合があり、それは昔のように今も起こりうるということです。(中略)意図的に詩を作ることはできませんが、建築とは詩になりうる表現形式である、ということです。(筆者訳)

言葉では言い表せない、それでも世の中に確かに存在している、見えない「価値」。

建築による空間は、その霧のようなものの一部を我々に魅せてくれる、ある種の詩的装置になりうるのかもしれない。

そんな夢を、カルロ・スカルパの建築は見せてくれるのです。

偉大なイタリアの建築家に、精一杯の敬意と愛を込めて。

▲「コルテ・ディ・カドーレ教会」 イラスト:芦藻彬
【建築コラム用語解説】

※1バウハウス
近現代の芸術・デザインに多大な影響を与えた、ドイツの美術学校。カンディンスキーなどが教鞭に立ち、芸術としての建築教育を目指して設立されたが、その合理主義・機能主義的な思想は、写真や工芸、デザインなどの幅広い分野に展開されていき、現代の所謂「モダン」な工業デザインの基礎を築いた。

※2ヴァルター・グロピウス(1883~1969)
世界的に有名な美術学校、バウハウスの創始者。ドイツからモダニズムの思想、建築作品を発表し、キャリアの後半ではアメリカで超高層ビルを建設したり、ハーバード大にて行進の育成に励んだりした。フランク・ロイド・ライト、ミース・ファン・デル・ローエ、ル・コルビュジエ、に並んで、近代建築4大巨匠と称される。

※3スケール感
尺度に対するセンスのこと。物事の程度や、規模を推し量る能力を意味し、建築設計においては図面や用途から適切な規模、長さを推し量る能力を指して言われる。用例:「スケール感が異なる」

※4トラス構造
部材同士を連続する三角形につなぎ合わせた構造形式。四角形に比べて歪みにくい構造のため、主に体育館やドームといった大空間や、長距離スパンを飛ばす橋梁などに用いられる。大阪万博において、太陽の塔の周囲に丹下健三が建設した「お祭り広場大屋根」のように面的に広がるトラス構造を「立体トラス構造」と呼ぶ。

(注1)Peter Noever『The Other City Carlo Scarpa Die Andere Stadt』 1989年/ Ernst & Sohn発行

参考文献
・SD編集部『カルロ・スカルパ図面集 SD 9201』1992年/鹿島出版会
・A・F・マルチャノ著、濱口オサミ訳『SD選書207 カルロ・スカルパ』1989年/鹿島出版会
・ROBERT McCARTER『CARLO SCARPA』2013年/PHAIDON
・渡辺めぐみ『Corte di Cadore教会にみる協働 – 協働者Edoardo Gellnerを所与と捉える設計手法 –』2012年/日本建築学会大会学術講演梗概集