気負いすぎないことが幸せへの一歩

「名作」に思いを馳せたところで、わたくしのエッセイに時を戻そう。李徴は作中で、虎になってしまった経緯についてこんなことを言うのだ。少し長いが、わたくしが何度も読み返した箇所であるので、ぜひ目を通していただけたらと思う。

「おれはしだいに世と離れ、人と遠ざかり、憤悶(ふんもん)と慙恚(ざんい)とによって、ますます己の内なる臆病な自尊心を飼いふとらせる結果になった。人間は誰でも猛獣使いでありその猛獣に当たるのが、各人の性情だという。おれの場合、この尊大な羞恥心が猛獣だった。虎だったのだ。」

李徴が自分の中でつむぎ出した結論を、誰かに話すことができるようになったというのは、彼にとって良い事だったのではないだろうか。あまりに救いのない物語の中に、わたくしは主人公の心の成長を見出したい。そして「せめてアートアクアリウムのチケットを取っていいところを見せよう」とした自分自身も反省し、できるだけ素直でいようと改めて思うのである。虎になってしまっては困る上、気負いすぎないことは幸せへの一歩でもあるから。

それと、不可能なのは承知で、是非とも『山月記』を読めと押し付けたい人物がいる。中学時代の「コヌマアヤネ」だ。彼女の学生生活(といっても不登校の時期があまりに長い)は、定期テストの順位が全てだった。不登校の原因もまた、それだった。定期テストに必要以上に振り回されて勝手に背負う重圧から、心身のバランスを崩していたのだ。

彼女に言いたい。「そんなことしていたら、今に発狂して虎になるぞ」。現にその時分はよく発狂していたので、虎になる一歩手前だったかもしれない。「危ないところだった」(原作を読んだ方には分かるかもしれない、この「危ないところだった」は李徴のセリフである)。さらにもうひとつ、『山月記』から吸収したものがある。それは、袁傪の人柄だ。

李徴のような「プライド高男」と友人になるには、相当に寛大なこころを持ち合わせていなければならぬ。寛大であるというのは簡単には成しえないことだが、わたくしはそうでありたい。サウイフモノニワタシハナリタイ(宮沢賢治『雨ニモマケズ』より)。そういえば『舞姫』にも、相澤とかいうこころのだだっ広い世話焼き友人が登場していた。

袁傪にしても、相澤にしても、脇役でおいておくのはいささかもったいないので、中島敦と森鴎外には、是非ともスピンオフを執筆していただきたいところだ。なんにせよ、わたくしは彼らをことあるごとに思い出し、鏡にする。すっきりしない話といえど、捉え方次第では上述のように、こころの栄養にすることができるようだ。さすがに教科書に載るだけある。

▲虎にならずに済んだので、こうして日々幸せを感じています

気難しい父の誕生日。今年は大成功!

さて、こころの栄養を摂取したところで、おなかを満たす栄養の話もしよう。

わたくしの連載では、もはや恒例となった皆様お待ちかね「ごはんとスイーツのコーナー」がやって参りました。いや、恒例と思っているのは実はわたくしだけで、誰も待っていなかったらと思うと20秒ほど悲しみにくれてしまうので、先ほどの挨拶は忘れてほしい。

突然だが、わたくしの手作りハンバーグは絶品だ。姿形はお店で振る舞われたり、売っていたりするものと比べると、少々不格好かもしれぬ。しかし、食べた人を喜ばせることができる能力を秘めているので、誰がなんと言おうと絶品だ。今のところ、手料理を振る舞う相手は家族に限られているので、当然わたくしのハンバーグを食べて喜んでくれるのは彼らだ。

特に、父親が慶びを露わにする。わたくしの父親は、大層なひねくれ者で、日常会話を履修したことがないと言われても、まったく驚かないほど話をしない。しかし、そんな父親も、わたくしの手作りハンバーグにはイチコロだ。先日のロコモコ丼も、食事の準備をするわたくしに向かって「なんだっけな、このなまえ、、」と珍しく独り言を漏らしていた。

会話はしていないが、何か呟いているということは、機嫌が良いという証拠である。それを聞いたわたくしは、心の中でしめしめと喜ぶのだ。そんな父親は、ついこの前ハッピーバースデーであった。気難しいゆえに、下手な品物を選ぶと全く使ってくれなかったという前例があるため、プレゼント選びは真剣そのもの。その時のわたくしは、贈り物を考えているにも関わらず、学校のレポートを作っているような顔をし、眉間にシワがよっていたはずだ。そんな気苦労が功を奏したのか、今年の誕生日は正解を出したようだ。

大きめの透明のグラスを毎日使用してくれている。ハンバーグを食べるときも、ハンバーグの次くらいに気に入ってくれているカレーを食べるときも、そのグラスと一緒である。渡す前に写真を取り損ねたので、父親の部屋に勝手に入って(彼はグラスを部屋に置いている)写真など撮ろうものなら、どんな仕打ちを受けるか分からないので皆様に見せることはできない。しかし、活躍していることをご報告させてもらう。なお、絶品ハンバーグの方は写真を見て頂きたい。

▲左下から反時計回りに、自慢のハンバーグ、しいたけ味噌汁、ナス豚バラ巻き、しめじマリネ

こころの栄養も、体にしみ渡る栄養も、良質なものを、適度な量で摂取すればいろいろな余裕に繋がる。おおらかな朗らかな人格育成に一役買うはずだ。前回と今回は、続きもののようになってしまったが、それだけ皆様に伝えたい内容であった。それ以上に、自分に言い聞かせたい内容であった。

それにしても「だ、である調」のエッセイというのは、ともすると偉そうになりかねないので加減が難しい。文章が上手くなるための修行だと思って「だ、である調」で紡ぎ出す、やさしい文章をこれからもお届けできるよう、精進して参ります。

おっと、ですます調が登場してしまった。。。こんな感じで、伝えたいことは伝えつつも、ゆるりと読めて、こちらもゆるりという気持ちになれるこの連載を、これからも宜しくお願い致します。


プロフィール
 
小沼 綺音(こぬま あやね)
2000年3月18日生まれ。東京都出身。「小学生に間違えられる」という見た目とは裏腹にクールで大人びた視点を持つ。リアクションや言葉のチョイスが面白く、番組で共演する芸人からの評価も高い。『青春高校3年C組』では軽音部に所属し、キーボードを担当していた。Twitter(@ayane_karona_ru)