皆さんは「トヨタ」という企業に、どんなイメージをお持ちでしょうか? 2021年の<世界ブランド価値ランキング>では堂々の7位。ちなみに1位はアップル、2位はアマゾンです[米コンサルティング会社インターブランド調べ]。車に興味が無い人から見れば、そんなにスゴい会社だったのかと、改めて気づかされたのではないでしょうか。

そんなトヨタと世界の自動車シェアを争っているのが、ドイツの最大手フォルクスワーゲン(以下VW)です。今、VWは急激にEV化に舵を切っています。EUや国連(COP26)が推進する「脱炭素(カーボンニュートラル)政策」を大義名分として、日本に圧力をかけ、トヨタの勢いを止めようとしていると言っても過言ではないでしょう。

トヨタがつくるハイブリッド(HV)車の環境に優れた技術は、どのメーカーも真似できないため、HVを無視して“EVでアドバンンテージを握ろう”と必死なのです。日本経済と自動車のスペシャリストである、加藤康子氏(元閣官房参与)、池田直渡氏(自動車経済評論家)、岡崎五朗氏(モータージャーナリスト)の3人が、トヨタがこれからも世界で勝ち続けていけるか、を徹底討論します。

▲電気自動車を通して見えてくる日本の産業や政治の問題点を徹底討論

※本記事は、加藤康子×池田直渡×岡崎五朗:著『EV推進の罠 「脱炭素」政策の嘘』(ワニブックス:刊)より一部を抜粋編集したものです。

トヨタは何を考えているのだろうか?

加藤 日本の経済は「トヨタ一本足打法」と言われるぐらい、トヨタの業績に依存しているところがあります。

岡崎 世界企業番付のトップテンにいる企業※注1ですからね。

加藤 「トヨタが中国に工場を作った」「トヨタがハイブリッド技術特許を無償開放」「中国にEVの研究開発拠点をBYDと合弁で作った」というニュースを見たときには、日本の大事なハイブリッドの技術や水素の技術が中国に持っていかれてしまうんじゃないか? と非常に心配しました。

つまり、トヨタはグローバル企業として、日本を見限ってしまうのではないか? と憂慮したわけです。これまで、トヨタや自工会の記者会見をあまり注意して見てきませんでした。でも「ガソリン車廃止問題」について、小泉元環境大臣や小池都知事の発言を受けて、豊田会長が熱く記者会見(2020年12月17日)で語られる姿を見たとき、本当にハッとさせられたんです。「トヨタは今、何を考えているのだろうか?」と。

ということで、トヨタの“真の姿”といいますか、豊田会長についてだけではなく、トヨタという会社そのものについて、裏の裏まで知るおふたりに(笑)、たっぷりお話をお伺いしたいと思います。

岡崎 はい(笑)。ひとつ確実に言えるのは、もし万が一、トヨタが潰れるような事態が起きたときには、それ以前に他の日本の自動車メーカーが潰れています。自動車メーカーに限らず、その他大小さまざまな製造業の会社も潰れています。そのぐらい社会的な影響力の大きい会社です。

そのトヨタの社長、あるいは自工会の会長である豊田章男さんが、記者会見であれだけ危機感を表に出したというのは「もうこれはトヨタだけの話じゃない」ということです。トヨタだけに限るなら、海外に工場を持っていってしまえば、会社自体は生き残れますよね? でも、そういうことじゃない。日本の製造業全体に対するものすごい危機感の現れが、あの記者会見なんです。

加藤 私は製造業の現場が大好きで、工場に伺うことが多いのですが、日本の地域経済を支えているのは、まさしく現場の人たちです。でも、最近は日本から組立工場がどんどん海外に出て、マーケットで生産するようになりました。寂しい限りです。

次に部品工場、最後は素材だと言われてます。もう心から心配になりますね。まして、あのトヨタが日本でものづくりを続けていくことができない可能性があると思うと……。こんな深刻な状況は、まさに百年に一度の危機であって、我々自身どのように考えていけばいいのかと、ずっと心配しています。

▲トヨタ自動車元町工場 出典:northsan / PIXTA

豊田社長「日本の応援団でいてください」

池田 トヨタだけに限らず、各自動車メーカーの経営陣クラスの方たちとお話をしていて感じるのは、皆さん、日本の繁栄をちゃんと考えていらっしゃるということです。自社の利益を考えるのは企業だから当然です。でも、彼らの経営目的は自社の利益追求だけじゃない。

「トヨタの応援団」だと誤解される、というお話がありましたが、僕もよく言われます。だけど、それは別にトヨタを応援しているんじゃなくて“日本の経済”を応援しているんですよ。

加藤 まさに、そうなんですよ。

池田 我々がトヨタの応援をするのは日本の経済のためです。もし、トヨタが日本の経済に仇をなすようなことをすれば、それはもう思いっきりお仕置きします(笑)。

以前に「我々はトヨタのためではなく、日本の経済のためにモノを言っているんです」と原稿で書いたら、豊田社長と実際にお会いしたときに「どうか日本の応援団でいてください」「トヨタの応援団である必要はまったくないです」と言われました。

これには感銘を受けましたね。我々は、そうした会社の考えや行いを正しく伝え、もし誤解があれば解いていく……という作業を地道にやっていかなければならないと常々思っています。立場は違えども、国のことを思っている人同士が、お互いの誤解によって消耗し合う……そんな無駄な構造をなんとかしたいんですよ。

岡崎 本当に海外、特に欧州は「LCA」※注2という新たな概念を持ち出し、それをフックにして自分の地域の経済を強くしようと目論んでいます。まさに“罠”を張っているわけですよ。でも、そういう企みがあるのは当然です。中国は中国で、アメリカはアメリカで、みんな「自国ファースト」でやっている。

各国そういう魂胆があって、激しいせめぎ合いのなかで、世界の貿易経済はある一定の均衡を保ちながら競争をしていくわけじゃないですか。ところが、日本の場合は、日本を有利に導く主張を相手にぶつけている様子がまったくない。

加藤 やはり、日本の企業が国内でものづくりを続けていくために、“どうしても守らなければいけないもの”まで譲ってしまっているのでは……と危惧してしまいます。

岡崎 日本の政治家は、豊田会長にこんなことを言わせちゃ駄目なんですよ。

加藤 本当にその通りですね。今、世界は、半導体・レアアース・電池、これらの供給網の強化を意識しているでしょう? バイデン米大統領も就任後、最初にサインしたのがまさにそのサプライチェーンの話で、

「米国と利益や価値観を共有しない国々に頼るべきではない。供給網が圧力として使われないよう、信頼する国々と協力する」[朝日新聞 2021年2月25日]

と述べています。

自国にとって戦略的に重要な産業は守りぬく、同盟国と協力体制を作ることを明確に考えていますね。LCAに関していうと、EUだけが勝つ仕組みを崩すには、やはりアメリカやインド、そしてオーストラリアなどの諸外国とコラボしていかないと崩せないんじゃないでしょうか。

岡崎 あと、ロシア辺りも自然エネルギーという意味では、非常に不利な地理的条件を持っていますね。土地は広いけど、北国なので太陽が照らないじゃないですか。そういう国と組んででも「解決方法はLCAだけじゃない」という主張を、国際社会に強くアピールしていかないことにはどうしようもない。八方塞がりなってしまいます。