美味で栄養価に富む「肝」。とにかくこの臓器はとてつもなく美味なうえ、栄養価にも富んでいる。食についての著作を数多く発表し「世界一の肝喰い」を自認する小泉武夫教授が、これまで食してきた肝のなかから“絶品肝”を取り上げ、その扱い方や食べ方、肝の魅力を述べつつ肝料理談義を展開します。
釣りにくい魚として知られる「カワハギ」の肝は、おいしさのあまりに気絶する者がいるくらいの絶品だそうです。
身ぐるみを剥ぐから「バクチウチ」とも呼ばれる
およそ何千種という魚がいようとも、毒魚以外、共通して最も美味な部位といえば、それは肝臓である。とりわけカワハギという魚は、オチョボ口のくせに餌を盗むのが上手で、誠に釣りにくい魚ということになっている。ところが、この魚だけを狙う偏屈な釣り人が多いのは、そのうまさを知っているからなのである。
カワハギは「皮剝」と書く通り、ザラザラとした硬い鮫皮のような“皮を剝いで食べる”ことから、その名がつけられた。
あるとき、広島市の料理屋で飲んでいたら、奇妙な一品料理の品書きが目に入ってきた。それがなんと「バクチウチの刺身」と書いてある。
我が輩は度肝を抜かれるような奇妙な名前の刺身に興味をそそられ、それを一皿頼んで待った。いったいどんな刺身が出てくるのだろうか。まさか勝負で負けた博打打ちが金を払えずに、そのまま肉屋に売られて刺身になってこの店に来たんじゃないだろうか。いや、そんな馬鹿なことはあるまい。などと、何が出てくるのかを頭の中で考えて待っているときは実に楽しいものである。
そして、ほどなくして目の前に現われたバクチウチを見て、我が輩はニヤリとしたものである。その刺身の美しさや身の透き通り具合、光沢などを見てカワハギと見抜いたからである。そうか。皮を剝がされて裸にされたからバクチウチということもあるのだと知って、大いに楽しめたことを覚えている。
背鰭(せびれ)に沿って包丁目を入れ、全体の皮を剝いでから刺身はもちろん、椀種(わんだね)にしたり、ちり鍋にしたり、煮魚にしたりしていただくと実に美味で、夏季を旬とするが、冬でも絶妙である。肉が緊縮していて骨離れのよいのと、淡泊で生臭くないところが賞翫(しょうがん)されるところでもある。
昔は、今のように冷送技術や運送事情が発達してなかったので、カワハギは大抵が鍋物で楽しまれていた。そのようなときにも、この魚の肝臓は誠に大切な部分で「カワハギのちり鍋」を囲むときの我が輩などは、目を皿にして憧れのフワフワ肝を追いかけたものである。
しかし、今は新鮮なカワハギが手に入るようになったので「ああ、カワハギの肝和えを喰いてえなあ」と思いたったら、行きつけの鮨屋の親爺さんに前の日に頼んでおくと、翌日にはその店で味覚極楽の気分が悟れるのである。
また、魚市場が築地にあった頃には、朝早くに行って活魚専門店でカワハギや、その親分みたいなウマズラハギを買ってきて、我が廚房「食魔亭」で心行くまで楽しんだのである。