優雅なうま味が染み出てくる「オコゼの肝醬油」
オコゼはカサゴ科に属する高級魚で、その形相からオニオコゼとも呼ばれる魚である。体長は20センチから30センチで関東以南の太平洋、新潟県以南の日本海、および東シナ海に分布する暖海性種である。
頭部の凸凹奇怪を極めるのが特徴で、体は長くてやや丸く側扁(そくへん)し、皮膚は滑らかで鱗はない。背鰭の棘に毒を持ち、刺されると非常に痛い。肉身に脂肪は少なく淡泊で、カワハギやハゼ、カレイ(鰈)に似た透明肉である。
こういう魚の肉は、肝に和えて食べると例外なく美味で、共通して超のつく高級魚なのである。刺身でも、煮つけでも、ちり鍋にしてもよろしく、味噌汁にしても大いに喜ばれるが、その場合の肝の存在は不可欠といってよい。
我が輩は、金沢市の料理屋でオコゼ料理を堪能したことがあったが、そのなかでも「オコゼの肝醬油」のうまさは、只事ではなかった。
先ずオコゼの頭を割って出汁がじっくりと出るまで煮る。肝を淡い塩水で洗ってから、その出汁の中に入れて湯通しし、刺身に添えるのである。オコゼの刺身は、フグにも劣らぬ超級美味ものであるが、これを肝醬油で食べるとなると、さらにおいしさは倍加して、舌は踊り、頰っぺたは落ちる。
自分で刺身にするときは、この魚は毒魚の一種で危険であるから注意することが肝心で、頭部にある毒棘をハサミで切除してからおろしていく。背骨の両側から包丁を入れて中骨を取り除いたあと、頭と鰭を落とし内臓を取り、皮を剝いでから身と肝を取り出す。その身は、フグやカワハギと同じように薄切りにして平皿に綺麗に盛り、刻んだ浅葱(あさつき)を添える。
そして、いよいよ心ときめかせて食べる。先ず醬油を差した小皿に適量の肝を入れて、箸先でコチョ、コチョと突ついて広げ、そこに少しの七味唐辛子をパラパラと撒き、その肝醬油に刺身をペトリとつけて食べるのである。
口に入れて嚙むと、オコゼの身は歯に応えてコリリ、コリリ、シコリ、シコリとし、そこから優雅なうま味と、品のいい微かな甘みがチュルチュルと湧き出てきて、その全体を肝のクリーミーなコクと濃厚なうま味、肝に入っていた脂肪からのペナペナとしたコクなどが包み込んで、たちまち味覚極楽の境地に陥るのである。
なお、オコゼの頭でとった出汁で肝を茹でるが、茹で上った肝を引き上げたときに出る残った汁を捨ててはもったいない。刺身におろしたときに出た中骨や鰭を具にして、味噌仕立ての粗汁にすると絶妙である。オコゼの肝も、これまで述べた別の魚の肝のように、酒、醬油、砂糖で薄味に煮つけると絶好の酒の肴となる。
※本記事は、小泉武夫:著『肝を喰う』(東京堂出版:刊)より一部を抜粋編集したものです。